カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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活動だよりー2009年総まとめー


新年明けましておめでとうございます。
2010年もどうぞよろしくお願いいたします。

 09年4月はじめにドバイ、ペシャワール経由でイスラマバードに到着。成田からの直行便でパキスタン入りした静江さんとイスラマバードで落ち合いましたが、翌朝のフライトでは私の席がなかったため、静江さんの席を譲ってもらってチトラールに飛び、ルンブール谷に戻りました。彼女はこのため6泊もイスラマバードに足止めされてしまいましたが、そのおかげで、私はカラーシャ家族の伯父さんの死に際に間に合い、葬式に参加し、その映像も撮影することができ、運が良かったと思っています。

キラン・ライブラリー
「ライブラリーには来るが、理解して本を読んでいない」どころか、「読んでいるふりをしていて、ほとんど字が読めていない」子供たちのために、静江さんはヤシールに手伝ってもらって、ウルドゥー語のアルファベットのカードを作りました。遊びながら字を覚える「カルタ取り」は、低学年の子供たちに大人気でした。残念ながら、5月半ばの春祭りが終わったら、多くの家族が村を出て夏の畑地に移住したので、アルファベットの半分もいかないまま終わってしまったのですが、冬期のライブラリーで、ヤシールとジャムシェールがうまく使ってくれることを期待します。
また、カラーシャ人が作った「カラーシャ語のおさらい本」を寄贈してもらい、高学年の子供たちに人気が集まっていました。近い将来、私たちも子供たちとカラーシャ語の絵本を作りたいと思っています。
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寒い時期はストーブのそばで読書









●大人の学習会
村人たちのミーティング(IDカード取得の必要性、衛生の話など)を開いた後に、06年にルンブールの谷奥の「妖精の湖」をトレッキングされた増田夫妻撮影の映像、またここ数年来、村訪問の常連であるS君の地元の祭りの映像も上映、村人たちにたいそう喜んでもらえました。
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日本の祭りのビデオをみんなで見る









●創作クラフト活動
4月から5月は(滞在中の静江さんの)注文のクラフトを仕上げるのに忙しく、彼女が帰国した後は、クラフト員を増やして、私たちのメイン商品である「山羊のコースター」以外にも、新しい小物作りに力を入れていきました。しかしながら、(チトラール地方はタリバンもおらず、相変わらずのんびりムードとはいえ)、パキスタンの全般的な治安が悪くなっていき、アメリカに後押しされたパキスタン軍のタリバン掃討作戦のために、ペシャワールから通じる陸路も閉ざされていて、カラーシャ谷を訪れる旅行者が激しく減ってしまったために、多目的ホールに展示したクラフト類の販売も頭打ちの状態でした。
 ただ、旅行者が来ないことも問題ですが、それ以前に、「非常に限られた材料で、限られた道具を使って、カラーシャの特色を出しながら、質の良いものを作り、リーズナブルな価格で売らねばならない」という課題を克服することです。しかも、村人たちの生活習慣を変えない範囲の、空いた時間に制作活動に参加してもらいたいので、仕事の時間が少ない条件で、彼女たちの技術を向上させるのも簡単ではありません。
 バラングル村の総人口380人。乳児からお婆ちゃんまで合わせた女性が178人、夏場だとその半分以下になる。その中で、さらに、乳児を抱えてなく、喪に服してなく(喪中だと色のついた糸などに触れない)、手が器用な女性はそう何人もいないという現実もあります。こういった様々な問題を解決しながら、どう活動していくかが、これからの課題です。
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作業に忙しい女性たち









●教育支援と医療支援
今会期より、高校生への教育支援と、重病人の医療支援を始めました。
・ルンブール谷には小・中学校はありますが、高校に進学するとなると、隣のブンブレット谷の高校に、親戚の家に寄宿しながら通い、月に2、3回、週末に実家に戻る生活をすることになります。高校生になると、教科書やノート代が高くなる上に、ブンブレット谷に行き来するジープ代などもかかり、親の支出がぐっと増えるので、現金収入があまりない親たちはどうやりくりするのだろうと、前々から心配していました。政府や外国のNGOから援助金が支給されることもありますが、昨年は、特定の窓口を持っている家族以外、援助金は出ませんでした。
こういう背景の中で、家族に定収入がなく(家族に月給取りがいる場合は対象外に)、成績の良い高校生の各学年男女1名ずつ、計4名に、高校に通うための必要経費の一部を援助しました。学年トップの生徒に、ジープ代が払えて、筆記用具が買えるほどの金額(300Rs)を、次席の生徒たちにはその半額(150Rs)を、毎月8ヶ月間(開校時のみ)支給しました。高校に進学する生徒が増えているので、今年は支給する生徒の数を少し増やしてもいいかと思っています。
・医療支援は、これまでにも、村の人たちに怪我の治療をしたり、歯痛や頭痛などのちょっとした病気の薬をあげたりしてきましたが、昨年からはできる範囲で、小規模な金銭的医療支援も始めることにしました。昨年は1件、現金収入のない家の乳児が病気して、チトラールの病院に連れていって入院した際、治療と薬代、ジープ代にかかった費用のおよそ半分を援助しました。
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支援金を受けたナシムとエリカ  









●2階増築が終了
私自身は、08年からの2階の増築作業が続いていて、大工さんに出す食事、おやつ、お茶作りをしながら、クラフト隊の女性たちと共にクラフト制作、なおかつ新商品開発に打ち込んでいたので、外に出る暇もないくらい忙しい毎日でした。秋に、その、3年がかりの増築作業がほぼ終わったので、大きな肩の荷が降りました。2部屋のうちの1つは、紙すき作業場として竃と流しを設置しました。私も、これまで寝泊まりしていた1階のクラフトルーム(作業室)からようやく2階の部屋に引っ越しできます。屋根に面して広いベランダも作りましたので、天気が良い日はベランダでクラフト作業や紙すき作業をすることが可能です。また1階ライブラリーの雨漏り防止のために、2階の西側石塀に屋根も作りました。
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紙すき用のかまどもできた










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「多目的ホール&創作クラフトルーム」での活動と運営は、
最終的には村人たちで動かしていくのが目標ですが、
現時点では活動費の多くが、
みなさまの寄付によって支えられています。
今後ともご協力よろしくお願いいたします。
     連絡先
AKIKO WADA (わだ晶子)   
Email: akkowa25@hotmail.com         

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蓋を開けてみれば

09年8月6日
 1週間後、ランチの後にワークショップを開くというんで、午前中ジャムシェールにホールをきれいに掃除してもらい、M女史は私以上に膝や腰が悪いんで、うちのつぎはぎの椅子では大変だろうと、サイフラーさんのゲストハウスからちゃんとした肘つきの椅子を借りてきて、準備万端にしていたが、なかなか現れず、2時過ぎてやってきた。
 先週も来ていたビリールのおばさん2人、ジャムシェイ、ボンボレットのA・カリック、ルンブールのダウード、ヤシールが有給のトレーナーたち、その他休暇で村にいる軍隊の青年、グリスタンがボランティアで参加。彼らがホールに入るときには、「石の上で靴を脱いで」と口やかましく言って、彼らもちゃんとその通りにしてくれたが、最後に入ってきたM女史は、ずっしり重くて底に土がいっぱいついているトレッキング靴で、すたこらホールの中まで入ってくるではないか。「あっ、靴を脱ぐんだけど」驚く我々を全く無視して、「私は靴は脱げない」と宣言。ジャムシェールが「また掃除するから、いいです。どうぞ、どうぞ」と言うから、それで治まる。
 トレーナーに抜擢された人は「英語がわかる人」ということだったが、M女史自ら選んで連れてきたビリールのおばさんたちは英語がわからないので、A・カリックやヤシール、時々私がM女史が言ったことをカラーシャ語に訳すことになる。
 ジャムシェールが立たされ、彼女のNGOが作ったポスターを開いて掲げるよういわれる。
1枚目のポスターは、「ばい菌は目に見えない」というもので、男性が顕微鏡をのぞいているイラストが描いてある。しかし、顕微鏡という存在を知らないカラーシャがこの絵をみて、何を理解できるというんだろう。私はM女史に率直に、「カラーシャはこの絵では理解できないと思う。実物の顕微鏡を持ってきて、実際にばい菌を見せるのが一番わかり易い。」と言ってみた。
怒るかと思ったM女史は、「それはいいアイデアね。誰か顕微鏡を援助してくれればいいけど」と同意した。
 このプロジェクトはカラーシャを対象にしたものだということだが、他のポスターも、絵の人物が都会の人あるいは外国人っぽいもので、描かれている家具などもカラーシャにないものだから、カラーシャの想像力では絵を読み取れないと思う。作る前に私に事前に相談してくればよかたのにと心の中で思う。
 第1回目だからあまり深く説明しても混乱するからと、M女史は「清潔にすること」「健康を保こと」ことの大切さを話すが、ビリール女性が「タオルは各自別々に白と言われても、カラーシャでは一家に1枚しかタオルがない。どうすればいい?」と質問したときなど、きちんとした答えがなく、先送りされてしまったのは問題だと思う。せっかく問題提起されたのだから、参加者たちみんなに考えてもらって、何らかの解決策を打ち出すべきだ。
 もう一つ問題なのは、M女史はカラーシャのための援助活動をしているといっても、オフィス兼自宅はペシャワールにあって、カラーシャ谷には月に数日しか滞在しないので、様子がよく把握できず、人選が非常に偏っていることだ。
 今回のプロジェクトにしても、村のみんなに伝える役目のトレーナーたちは、彼女が連れてきたビリール女性2人、ムスリム男性1人、ルンブール谷ではヤシール(男性)、ダウード(男性)、ジャムシェイ(女性)ともう1人の女性(欠席)の7人。ムンムレットのA・カリック(男性)はこのプロジェクト期間は彼女のNGOの臨時職員として月給を払っているという。
 ルンブール谷の女性トレーナー2人といっても、実は昨年暮れにビリールから嫁にきていて、M女史が連れてきたビリールの女性の家族ということだ。しかも、嫁にきてるといっても、彼女たちはチトラールのカレッジで勉学中なので、ほとんどルンブールにいない。ルンブールにいなくてどうやって村人に話を広めていけるだろうか。
 その上、これらトレーナーの賃金は1ヶ月3000ルピーも支払われるということだ。うちの唯一の有給スタッフのジャムシェールの基本給と同じ額だ。ジャムシェールは葬式や特別の用事がない限り、毎日朝7時から午後4時まで(ランチ休憩2時間)働いて(拘束されて)いるのに、M女史のトレーナーは一回1時間半で月に2回だけのM女史の講義を受けるだけで(後に、村人に話を広める仕事があるだろうが)、同じ額というのはあまりにも不公平だ。
 しかもだ、月に3000ルピーもらうジャムシェイは、先月ムンムレットのギリシャNGOからも3万ルピーの援助金をもらったばかりの上に、彼女の夫はチトラール兵で11000ルピーの月給、義父は学校用務員で月給11000ルピー、義兄嫁も保健指導員として月給6000ルピーを受け取る、現金収入のないカラーシャの中では村一番の金持ちの家なのだ。
 チトラールに住んでカレッジに通う、村人への指導力もない学生の彼女を抜擢するより、もう少し年齢のいった説得力のある村の女性がたくさんいるのに、M女史の人選には疑問を持ってしまう。
 今回、直接、M女史のプロジェクトに関わって、気づいたことを書いてみたが、彼女だけを特別に非難しているわけでないことを了承してもらいたいです。残念という気持ちは多いにあるけれど、パキスタンのたいていのNGOの活動内容がこのようなものといいう現実をお伝えしたかったのです。

木製の人形
 8月初めにイギリスからのツアー客5人がサイフラー・ゲストハウスに3泊するというんで、新しく人形を作ってみた。グリスタンとルビザールにも服と頭飾りを作ってもらって、まあまあの出来だと思ったが、今回は売れなかった。そのうち人形好きの人が買ってくれるかな。
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写真:新製品の人形たち

これはなーに?

09年8月6日
 カラーシャの谷でボランティア的活動を行っている外国人は、私だけでない。もちろん多目的ホール&作業室の建設とその活動をサポートしてくれている静江さんもだけど、隣のブンブレット谷ではギリシャ人のNGOが学校建築に、バシャリ(生理・出産時期のこもり家)、水道タンク設備、総合文化施設など、大規模に行き過ぎるほどの援助活動を行っているし、ビリール谷ではイギリス人M女史が堤防やバシャリ、その他の活動を繰り広げている。
 そのM女史は20年前からの顔見知りだけど、彼女はカラーシャ谷に住む外国人が嫌いだったので、私はずっと彼女から無視されていたが、ここ数年はエレクション・ビビ(注1)のことや犬のことで話をするようになり(彼女は根っからの犬好きで、ビリール谷やペシャワールで計8匹の犬を飼っている)、さらにM女史が私の友人ファウジアに一目置くようになってからはメール交換などして、割合い近しく接するようになった。
 彼女は私と違って、パキスタンの政府高官たちや外国大使館からの、援助プロジェクトを立ち上げるのが上手で(NGOをやっているのだから、必要な部分ではあろう。)、これまでにもたくさんのプロジェクトを手がけている(予算のわりに内容が乏しいものが多いが、エレクション・ビビのNGOに比べればましな方か)。
 先々週、M女史がHIV/AIDSのワークショプをルンブールで開くために、サイフラー・ゲストハウスにやってきた際、私も呼ばれた。呼ぶとすぐに行かないと機嫌が悪くなるモーリンだが、私はちょうど、大工さんたちに昼食のタシーリ(カラーシャの主食)を焼いていたので、手が離せず、大工さんたちに昼食を出し、私も昼食を食べてから、モーリンのもとに行く。慌てていくことはなくて、彼女は連れてきたビリール谷のカラーシャ女性3人、ムスリム改宗男性一人そしてチトラール人のドライバー兼アシスタントと昼食中だった。
 ビリールの人たちを連れて来ているところをみると、これからワークショップを始めるのだろう。きいてみると、「ビリールでやった時は、みんな静かに話をきいてくれ、成功した」らしいが、ルンブールではどういう風にやったらいいか、まだはっきり決めていないという。
 ビリールでの成果を見せようと、うちの村の女性と地面に座り込んでよもやま話をしていたビリール女性3人を呼んで、横の椅子に座らせて、「HIV感染は3通りあるけど、何だった?」と英語の多いカラーシャ語でM女史が質問すると、「手を洗う。そうじをする。・・・」と、雀の学校の生徒みたくにピーチクパーチク(あるいはバカの一つ覚えみたくに?)、ビリール女性の一人が即座に答えるのをさえぎって、「違う。それじゃない。先日話したことよ」とM女史は怒る。
 「ほら、このイラストを見なさい」とM女史はビリール女性に1枚のラミネート張りの紙を渡す。それはさっき私ももらったもので、「個々に注意をうながす安全対策プロジェクト」とタイトルされ、スポンサーであるフィンランド政府と彼女のNGOの名が入った、両面それぞれ6コマのイラストが描かれていた。「使用済みの注射器を使わないように」喚起するイラストが一面と裏の半分9コマ描かれ、その残りの3コマが、「男女がベッドの端に座って手をつないで向かい合っている図」「男性の背広が脱ぎ置かれ、男女は座ったまま抱き合っている。その横に拡大コンドームが描かれている図」「男性がトイレで中腰になり、片手にコンドームを持って、片手でズボンのジッパーを降ろそうとしている図」である。いわゆる性交渉でHIVに感染しないための対策を図にしたものである。私は最初これを見た時、確かに妙にまじめな図ではあるが、率直すぎて笑ってしまった。(M女史も笑っていた。)
 ビリールの女性おばさんもやっぱり、注射器のイラストよりも、男女がベッドで向かい合っている方が興味があるようで、しばらくじっとそのイラストを見ていた。そして、「これはなーに?」と私にきいてきた。私が「それは、夫婦や恋人が一緒に寝る時にはね。」と説明をしようとすると、「いや、この女の口から出ているもんはなんだね」「えっ?」「ほら、」と彼女が指で示したのは、イラストの女性の後に、一本の線で描かれたベッドの頭の部分(頭や枕が落ちないようにベッドに垂直に張ってある木の部分。日本語でなんというか出て来ない。)だった。ビリールのおばさんは、イラストの女性が話している口のわきからベッドの線が伸びているので、口の中から何か出ていると思ったようだ。「これは、口から出てるんじゃなくて、ベッドの木だよ。」と説明したけど、おばさんは「ふうん」と今一理解できない顔をしていた。
 読み書きができない人たちのために、わかりやすいようにイラストで描いても、イラストを読む力がこういう風だ。しかもこのビリールのおばさんは一応M女史
に「理解がはやい」から選ばれて連れてこられたわけでだろうに。ふうむ、なかなか前途多難なようだ。
 HIV/AIDSのワークショップは結局、その日は行われなかった。場所の問題もあるようだ。そこで、私は「多目的ホールを使えばいい」と申し出た。HIV/AIDSのことはできるだけ早く、カラーシャの人たちに伝えた方がいいわけだから、ここは協力すべきだろう。一週間後に第1回目のワークショップを開くという。M女史の予定では冬の前までに月2回開くということだ。場所の使用料はもちろん無料で、私もボランティアとして協力することにした。さて、第1回目のワークショップ、どうなることやら。

(注)ルンブール谷出身のカラーシャだったが、10代の頃にペシャワールの高官にみそめられて、都会で生活しながら、カラーシャ人不在のNGOを立ち上げ(らされて)、メディアに「カラーシャに尽力する女性」と大嘘の宣伝をし、莫大な予算の、しかも不要な建築プロジェクトによって、その大半の援助金を着服する、なかなかしたたかな30代の女性。最近、彼女のNGOパートナーのムスリム男性との間に子どもが生まれているときく。
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写真:問題のイラスト

2階はまだまだ完成しない。

 昨年、電気カンナと共にさっそうと登場した若い大工さんは、今年の4月から作業を始めてくれていたが、5月半ばに10日間休むといって、結局40日間現れず(水路の修理、大麦の収穫、耕作など彼の家の仕事があったので仕方がないが)、6月末にやっと来てくれた。今、2階の部屋の戸棚を作ってもらっているけど、ふと彼の手元を見ると、何と私のカンナを使っているではないか!それはおもちゃのような小さなカンナで、ちゃんと使える代物ではない。(彼のカンナは調子が悪いらしい。)大工さんだったら、私よりはうまく使うだろうけど、あんなカンナでやってりゃ、そりゃあ時間がかかるわさ。彼の電気カンナ(中国製)は昨年に壊れて何回か修理に出していたが、もう治らないようで、ずーと窓のわきに放ってある。しかし電気カンナと私のおもちゃカンナ、この落差にはずっこけるというか、笑っちゃいますというか、とほほというか、言葉がありません。 

●ハンディクラフトはというと
 6月末に日本からのツアーご一行が多目的ホールを訪問されるというので、6月中旬から作業室で4人、外の織り機に2人、手織り紐の外注3人、合計9人でハンディクラフトを集中的に作った。昨年から仕事しているグリスタンたちに売れ線の山羊のコースターを縫ってもらい、新顔のダムシーたちには新しいデザインで携帯電話ケースやペンケースを縫ってもらった。
 ホールの展示の配置も替え、心機一転で今年初めてのお客さまをお迎えしたが、お客さまの年齢層がちとばかり上ということもあってだろう、携帯電話ケースなどには興味を示してもらえなかった。その代わりに写真集を3冊、定番の山羊のコースターとクルミの針刺しをいくつか買っていただいたので良しとするべきか。
 カラーシャ独特の手織り紐を縫い付けた携帯電話ケースは300ルピー(370円)から、脇をビーズで縫ったもので400~500ルピー(500~620円)のお手頃な値段で、良いおみやげになると思うんだけどね。


写真:手織りの紐をあしらった300円代の携帯電話ケース

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写真:クルミの携帯電話ストラップ。こちらはすぐに売れてしまいました。

キラン・ライブラリーにて(二)大切にしたいカラーシャ語での読み聞かせ

2009年5月27日
キラン・ライブラリーにて(二)大切にしたいカラーシャ語での読み聞かせ

ライブラリーを開けると、まず好きな本(ウルドゥー語や英語)を選ばせ、40~50分間の自由読書。

自由読書の間、ウルドゥー語の音読もままならない低学年の子と、学齢に達していても学校に行っていない子は、奥の大きな敷物の上にかたまってすわり、うきうきしてスタッフのジャムシェールを待っている。本を読んでもらうのだ。ウルドゥー語の本を、カラーシャ語に訳してもらいながら聞く。生活環境にない物や事柄が出て来ると、その説明も必要だ。
読み聞かせの最中にも、自由読書をしている子どもが「これ、なんて読むの?」とやってくる。自由読書をしていたうちの何人かも、いつの間にか混じって聞いていることもある。
ライブラリーには、子ども好きでウルドゥー語の読み書きができる存在が不可欠だと、ウルドゥー語のできない私は思っている。

この春には、約三週間、ボランティアのヤシールにウルドゥー語の37文字を教えてもらってきた。自分の名前をウルドゥー語で読み書き出来るようになるのを目標にしようと思っていたが、全部の文字が終わらないうちに春祭りになり、畑仕事の季節になってしまった。家族と一緒に昼間は耕作地へ。上流の耕作地の夏家に移っていってしまった子もいるし、見慣れた顔の子が夕方薪を背負って村に戻ってくるのも見かける。文字の続きは、次の冬休みに。
 
2006年夏の開館当初は、ウルドゥー語の読み書きができる4年生以上が対象で、植林啓蒙の紙芝居や日本の昔話の紙芝居なども見せてきた。その後、学校以外で学習する機会のないことを考慮して、2ヶ月の冬休みに文字の勉強の機会をつくったので、低学年の子も訪れるようになってきた。
これまでに、試行錯誤をしながら、ジャムシェールやボランティアのヤシールを中心に、高学年の子や中学生、時には休暇で村に帰っている若者に頼んで、本や紙芝居の読み聞かせをしてもらうようにしてきた。自分たちの言語ではないウルドゥー語や英語での読書は、ハードルが高い。それに比べて、カラーシャ語での読み聞かせの時の子ども達は実に楽しそうだ。

ここキラン・ライブラリーで物語の世界にふれ、その楽しさを味わってほしい。また、読書をとおして様々な考え方や情報も得てほしいと願っている。

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 写真:カラーシャ歌の冊子を読み聞かせるヤシール(わだ撮影)

参考:
○中学校(6年生~8年生)から、ムスリムとカラーシャが一緒に学ぶようになり、授業はすべてチトラール語で行われる。
今年、小学校を卒業した5年生13人は、全員中学校へ進学した。以前この学年だった子のうち、途中で2人が飛び級で上学年へ、途中で4人が学校に来なくなったとのこと。
○高等学校(9年生~10年生)は隣のムンムレット谷にあり、親戚の家に寄宿して通うようになる。

「深い洞察」の内容にはなりませんでしたが、実情の一端を知っていただけたでしょうか。次回のライブラリー訪問は、冬休み2010年1~2月を予定しています。(しずえ)

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