カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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やっとこさ屋根が


5月29日ー6月13日

屋根が出来た。

 現段階での最優先作業は屋根の土被せなのに、ジャマットはなかなか動いてくれず、雨漏り対策のために土の上に敷くビニール・シートすら買ってこない。ジャマットのペースだと、せっかく日本から建設状況を見にきている静江さんの滞在中にあまり進行しそうもないので、ジャムシェールに屋根の土被せの作業を請負で任せることにする。
 ジャムシェールはジャマットと同じ一族でジャマットのバーヤ(兄弟,従兄弟)にあたるが、同時に静江さんのプット(息子、甥)でもある。というのは、6年前に静江さんが甥ごさんの拓君を連れてルンブールを訪れた時に、同じ年頃のジャムシェールと拓君はダーリ(義兄弟)になったので、拓君の伯母さんの静江さんはジャムシェールのおばさんにもなるわけだ。 冗談ばかり言っていたジャムシェールも20代後半、二人の子供の父親になった今では、わりあい落ち付いてきている。高校まで行っているから、読み書きもでき、多少の英語を話せるし、伯母という立場から、静江さんがいろいろ作業の注文をし易いということもメリットだ。
 屋根作業の請負を受けて、ジャムシェールは毎朝4時起きし、作業人が来る前から屋根に上がって、カンナくずをならしたり、土をならしたり仕事をしていた。ビニール・シートを敷いた夜は、犬や人が歩いて破らないように屋根上に番して寝たほどだ。作業人や大工さんへの10時のお茶、昼食も自ら店に走って食材(米,油、玉ねぎなど)を調達して、自分でご飯を炊いたりで、目が廻る忙しさだった。作業人に2倍の賃金を出して、朝6時から夕方6時まで作業を続けたおかげで、屋根の土被せは8日間の作業で6月9日に終了した。一口に屋根の土被せというが、まず、梁の上に平板を打ち付けた上に、(今回は隙間から土が落ちてくるのを防ぐために、平板の間に細木も打った。)カンナくずや落ち葉を敷き、その上に一番目の土を被せる。その上に二番目のふるいにかけた細かい土を被せる。そしてビニール・シートを敷いた上に、三番目のふるいにかけた土を被せ、最後にふつうの土を被せるわけだから、4回土を被せることになる。
 従来は屋根の土被せはヤール(互助作業)で行うのだが、今の時期、村の男たちは、山羊の群を夏の放牧場に連れていく準備、あるいは水力発電所の水路工事や上流の道路修理工事に従事していて、人集めが難しい。屋根作業のヤールの時は必ずお礼に山羊を捌いてもてなすのが決まりなので、山羊の肉を食べたいために、人は集まるかも知れないが、ヤールでやると、細かい指示をするのも困難で、仕事が大雑把になり、敷いたビニールが破れてしまうのが落ちだということだったので、今回ジャムシェールに請負で作業を任せて、大正解だった。屋根作業が続行中は天気は持ってくれたが、終了したとたん、翌日から天気が悪くなり、雨が数日間続き、1日でも遅れていたら、また土が湿ったりなんやで、屋根作業は今でも終わってなかったかも知れない。

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  写真:カンナくずの上に一番目の土をのせる。 

水力発電改善プロジェクトは予定通り進行

 水路の土手の高さ拡張の工事はセメント塗り作業に入っている。当初の見積りよりもセメントを塗る面が多くなった上に、セメント代が見積りでは290ルピーなのが、今は350ルピー近くになっている。冬の間は450ルピーまで跳ね上がっていたので、この値段でもよしとせざるを得ない。予算オーバーにならないことを祈るばかりだが、手抜き工事はできないので、予算が足りなくなったら、11年前の時のように、発電所の建物は共同体側でボランティアで働いてもらうしかないだろう。

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写真:水路のセメント工事

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