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カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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05年8月15日~9月2日


8月16日
 自分の畑仕事をしていた大工さん、やっと13日から多目的&仕事部屋の仕事にカムバックしてくれて、戸の枠が二つできていた。
 午後3時過ぎ、大工さんも引き上げたので、私も部屋に戻ろうとしている時に、LB(エレクション・ビビ,最近はラクシャン・ビビと名乗っている)、その父親バシャラ・カンたちうちの庭に現れる。彼女は1週間ほど前に、「大統領から神殿建設のために1000万ルピーもらった」と宣言したばかりだが、バンダラ国会議員もサイフラー議長も私も、そういう話はあったにしても、援助金は下りてないはずだと思っている。
 その疑惑多きLBが、多目的&仕事部屋から道路を挟んだ向こう側のアクバル・ナワスの土地に、新たにジェシタク神殿を100万ルピーの予算で造らせるというのだ。「え?今、村のジェシタク神殿が新しく大きく建て直されている時に、どうしてもう一つ造る必要があるの?」と私が言うと、「村の人たちの要望だから」とのLBの返事。集まっているメンバーを見渡すと、うちの村人はジャマットを入れて4人しかおらず、後はLBが連れてきたよその村人と子供ばかり。彼女はこの中途半端の集まりの中で、付添ってきた者にデジタル・ビデオで自分を撮影させながら、援助金をもらうのために、いかに大変な思いをしたかという演説を始めた。
 驚いたのは、村人たちに対してだ。あれだけエレクション・ビビの陰口を叩いていたくせに、彼女が大金を持ってきたときいたら、直ちに翻ってうなずき拍手をするばかりで、いったいどうなっているんだ。その筆頭者がジャマットとくるから、私の落胆を計り知っていただけるだろう。

8月17日
 ジャマットは、その新しい神殿建設始めの儀礼のための山羊を連れてくるために、高地の放牧地へ行った。ついでに借金のかたのために数頭の山羊も連れてくるという。それらは数年前にサリヤークの祝いで私がボンボレットのバーヤから贈られた山羊なのに、私に了解も取らないで、勝手に犠牲にしたり、売ったりするのは、あまりにもひどい話だ。クレームをつけると、山羊を育てるのに数万ルピーの金がかかっているのに、がたがた言うなと言われた。昔から山羊を育ててきたカラーシャなのに、ジャマットの家族だけが山羊の飼育にそんな大金を使うはずがないが、それ以上騒ぐと、面倒なことが起きそうなので、腹は立つがここは沈黙。

8月18日
 多目的&仕事部屋の壁塗りにくるはずの村人が来ないので、私がやることにする。高い所はセメント塗りのために大工さんが作った足場に乗ってやるが、その足場の移動や上り下りで、普段運動不足の体はぎしぎしうなる。道路の向こうで、神殿建設の安全と成功を祈って行われた儀礼で犠牲にされた2頭の山羊が捌かれ、うちの庭で男どもが肉を食べている最中も、こちとらは白壁塗り。夕方6時まで頑張る。

 夜になって、LBが持ってきた承諾書に、今度の新しい神殿建設に関わっている村人たちが捺印を押したが、その内容が、「神殿を建てるためにアクバル・ナワーズから買った土地は、LBが運営するNGOの名義となる。神殿はLBが指示する通りに建てたら、費用が払われる。彼女が納得しなかったら、費用は払われない」と書いてあったとわかり、一騒動。神殿の土地は村の共同所有地とするべきだし、建物は村人が協議してやるのがふつうの話なのに、彼女はやはりどうしても限りなく黒い霧に包まれている超疑惑の人物だ。読み書きができない村人をせかして捺印を押させ、その書類を持って今日ペシャワールに飛んだという。(そして数日後に、彼女は新しく手に入れた自家用車と共に戻ってきたときく。)

8月19日
 7月いっぱいはカラーシャ学校は夏休みだったし、8月に入ってからは私が忙しくて、学校へ顔を出す暇がなかったが、今日ようやく、昨年度の学期末試験で成績優秀だった生徒にノートと鉛筆のほうびを持って学校へ行く。授業が始まる前の日課で、語り部コシナワズ・カズィが生徒みんなにカラーシャの昔話や伝統習慣の話をしている。語り部の話が終わって、ヤシール先生がそれぞれの学年の優秀生徒全部で14人
に一人ずつほうびを渡してくれた。ノートは美穂子寄付金の中から、鉛筆は6月末にチトラールで会ったトレッキング・グループの方が下さったものだ。
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 写真:ノートと鉛筆を受け取る生徒

 その後は壁塗りの続きを4時半まで。夕方、モーリン女史が来たので顔を出す。例のLBの承諾書の件と、LBが、「新しい神殿はモダンな様式で床も壁もセメント。周りはPTDC(ボンボレット谷に建つパキスタン観光局経営の高級ホテル)のような塀で囲む。」と言っていた件について、ヤシールやジャムシェールも一緒に話をする。モーリン女史はこれらの件について、明日AC(チトラールのアシスタント・コーディネーター)に話をしに行くので、村人を何人でも多ければ多いほどいいから連れてくるようヤシールたちに言う。

8月20日
 モーリンと一緒にACに話をするカラーシャ、若者だけよりも長老もいた方がいいだろうと、コシナワス・カズィに、今日の学校での語りはしなくていいから、ヤシールとチトラールに行って、神殿は伝統的な様式にそって造るべきだと主張するよう言う。実際、この言葉は私が押し付けたわけではなく、カズィ自身が言っていたことだ。
 夕方チトラールから戻ってきたヤシールの話では、アクバル・ナワーズの土地に建てる神殿の作業は裁判官が5日間の停止を言い渡したが、ビリール谷の壊れてもいない神殿の建て換え反対のモーリン女史の言い分は、あんなにモーリンの恩恵を受けているビリールの人たち自身(モーリンの宿の家主、ツーリストが来ない冬も給料をモーリンから受けとっているガイド、モーリンのプロジェクトの請負い人、等々)が彼女を支持するどころか、「せっかく援助金が来ているのに、なんでがたがた抜かすんだ。この年寄り婆さんは。古いのを残せといったって、あんた自身、いつ死ぬかわからんのによ。」などモーリンの前でののしっていたという。「モーリンはカラーシャ語が理解できなくて幸いだった。自分たちはモーリンに同情してしまった。ほんとうにビリールの人間は恩知らずだ。」とヤシール。せっかくチトラールに送ったカズィも、「神殿は必要だ」と言っただけで、「神殿は必要だが、伝統的に建てるべきだ」という肝心なことを言わないから、役に立つどころか、逆になってしまったという。

8月21日
 ウチャウ(夏祭り)の前日で、交代の男たちは山の山羊小屋に発つ。
 今日は壁塗りは休んで、前に作っておいた手すき紙のカードに、カラーシャ女性を描く作業。10枚作って一日終わる。

8月22日
 ウチャウの祭り。長く住むにつれて祭りへの興奮がどんどん薄らいでいき、正直、このクソ暑いのに正装して歩くのさえおっくうな気持。昨夜、うちの甥っ子ザルマスがショコルグルを嫁に連れてきたというニュース。ザルマスと同じ歳(18~19歳?)のウジュムもサビグルを嫁に、もう一人のチャットグルの青年もグロムの娘を嫁にしたという。
 タラを飲んで言い気分のアスマール・アーヤとグリウの踊り場へ。私もいっぱいひっかけていたので、速度の速いチャーと一人で踊るバズムを駆け付けに踊る。喉が乾いたので、そばの共同水道場に水を飲みにいったら、確か春祭りの時には確かにあった水道の蛇口が壊れていて、水が飲めない。なんでもかんでも、ここでは壊れるのが、なんと速いことか!水も飲みたし、お腹も空いたので、4時半近くに部屋に戻る。水浴びして、バタンキュー。たった3回しか踊らなかったのに、体力がほんと落ちたね。

8月23日
 ヤシールがツーリストからもらった本、「HIMALAYA」 Micheal Palin (BBCの有名なリポーター)を借りて読み始める。パキスタンのパートは期待したほどおもしろくない。いたるところに間違いがあるし(例えば、ルンブール谷の人口と世帯数をバラングル村のと勘違いしている。仏教の歴史は2500年なのに2000年と書いてあったり・・・)、パキスタンに関しては私自身の方がさまざまな人たちと会っていて、もっとおもしろい体験をしているから、つまらなく思うのだろうか。

8月24日ー水力発電所のタンク工事
 AKRSPから専門の技師が来たので、私も発電所のタンク工事現場へ。タンクの内側に鉄筋を横縦に設置したのを、細かくチェックしている。このタンクの工事、最初の計画では、現存のタンクを残し、新たに高さを1.5~2フィート高くして水量を増やすということで、予算もそれに基づいて立ててあったのだが、後になって、AKRSP側から「コンピューターで計算すると、新しく取り付けるタービンに合わせる水量が、高さを高くしただけでは足りない。」と言われて、急きょ現存のタンクを壊して、岩腹に接する部分をダイナマイトで爆破させて奥行きを広げて、新たに大きいタンクを造り直すことになったのだ。
 まずタンクを壊す作業を7月初旬に始めた。ドリル技師をチトラールから呼んで、機械ドリルでコンクリートを壊していくのだが、コンクリートに埋め込まれた鉄筋が頑丈で、なかなか切れてくれず、大変な時間がかかった。この作業中に田中大使ご一行がお見えになったのだ。そして後の岩を爆破して奥行きを広げる。十分な空間ができたら、1辺12フィート四方、高さ11フィートの石壁を造る。強化のために間にはコンクリートを入れる。水路口には台形の第1タンクも造る。ここまでの作業で1ヶ月以上経過。
 鉄筋を組み込む作業は、新たに専門の技術者を連れてこなければならない。最近は鉄筋コンクリート建築ブームで、(チトラールの町も昔風の土壁、土屋根の小さいお店が姿を消して、セメント塗りの個性のない店に変わってきている。)専門技術者は引く手あまたで、その分賃金も上がっている。この鉄筋作業が明日あたりに終わり、さらにその後、内側全体に板を張って、その中にセメントを流し込む作業が待っている。つまり、タンク工事だけでほとんど2ヶ月間を費やしたことになる。この工事がなかったら、今ごろは発電所の建設も終わっていただろうが、まあ、必要とわかった工事はやらないわけにはいかない。しかし、予期せぬ工事をやって、今度はプロジェクトの会計の方が心配になってくる。
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 写真:壊される古いタンク
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 写真:工事中の新しいタンク

8月25日
 今日はユニオン議会(町村議会?)の選挙。パキスタンの選挙の制度はころころ変わり、妙に複雑で私は今だによく理解できない。きいたところだと、カラーシャの投票人一人につき、ユニオンの議長、カウンセラー(副議長)、農民議席、カラーシャ議席、女性議席の5票を投票するらしい。しかし私もわからない制度だから、カラーシャの年寄りや女性が理解できるはずなく、もうまったく、めちゃくちゃの選挙だった。だいたい立候補した人物がどうしようもない連中ばかり。カラーシャの立候補者6人の中で読み書きができる者はわずか一人。投票所でも、選挙権もない十代の娘が人のIDカードを持って、(服を着替えて)3回も投票したり、投票する人の横にくっついて、ここに印せよと強制する者がいたり、こんなのはジョークとしかいいようがない。(佐賀弁が急に出てきた。こういう事態を、オウマンガッチャと言いいます。)

8月26日
 ユニオンの議長はPPP党のアユーン人が取り、カラーシャ議席はボンボレットのアニージの男性と、ルンブールのコマンダーが取った。なんか知らんけど、勝手にしてという感じ。
 チトラールのスカウト(軍)の長がボンボレットでミーティングを開き、それに呼ばれたサイフラーの話では、ムシャラフ大統領の援助金1000万ルピーについては、ジェシタク神殿のために出したもので、LB個人に出したものではない。各村から一人代表を選び、三つの谷で一つの委員会を作って、どういう神殿が必要か話し合うこと。古い神殿は壊さないようにとは、大統領自らの言葉だ。委員会を作ったら1週間以内に報告するようにということ。これでLBが自分の傘下に治めていた神殿プロジェクトはゼロに戻ったことになる。

8月27日
 ボンボレットのお年寄りが亡くなり、村の大半の男女が葬式に行く。葬式苦手の私は留守番。このところ少時間ずつやっていた仕事部屋の壁塗りは今日で終わる。肉体労働の後は、手編みの紐、ショケックを使ってのポーチの試作品作り。まあまあ上手くできて、気分よろし。

8月29日
 多目的大部屋に接するトイレのための浄化穴を掘る作業、これまでも、黙々と単純作業をやってくれていたシャリアールが開始。私も穴掘りで出てきた不要な石を使って、道路脇に石垣をつくる作業開始。夕方、イギリス人のサムも手伝ってくれる。
 彼とギリシャ人のヤシカは、今はイギリスに定住しているアニーとザキール家族の近所に住んでいて、アニーたちと仲良くしていたという事実がわかり、多いに興奮する。サムはアニーと同じ組織で仕事をしていて、ヤシカはアニーたちの子供にギリシャ語を教えていたという。アニーとザキールは私がカラーシャ谷に住み始める前からの親しい友達で、ペシャワールで家をシェアーして一緒に住んでいたこともある。友達の友達は友達というわけで、その晩はワインを持ち込み、いろんな話をする。

8月30日
 石垣作業にアリママットが途中から参加。道行く人たちから、「おりょっ、バーバとアリママットは石積み職人になったんか。でも、もっと大きい石を使ってやればいいのに」と言われるたびに、「不要な石を使って、必要なものを造るということに意義があるのだ。」と頑固にアピールしていたら、今日の作業が終わって、アリママットが一言、「不要な石からりっぱな石壁ができたぞ。」
 この晩、ボンボレットの若者が来ていうには、EBが「モーリン女史はトラブルメーカーだから、手をひくべきだ。」という署名書をボンボレットに持ってきた。驚いたことに、EBを嫌いなほとんどのカラーシャがそれに署名をしたという。数日前の葬式の時に、EBの父親が、「うちの娘はこんなにも偉大だ」と葬式を無視して、さんざんしゃべりまくり、挙句に「そう思う者は手を上げよ」とみんなに言ったら、たった一人手を上げただけで、しーんとしていたという話をきいたばかりだったので、EBよりもカラーシャの移り気な心の方が理解できない。

8月31日
 今日も石塀作業。アリママットは速いことは速いが、石積みの基本(私が思う基本)、端に大きい石を置き、まん中に小さい石を入れる。面を平にしてから二つの石をまたぐように上からさらに石を置いていくということを何度いってもきかないで、どんどん上から上にと積んでいく。石を運んできてもらうのは助かるが、石積みはまだまだだ。でもやらせないことには上手になっていかないし、私一人でやるのも大変なので、一緒にやるしかない。
 水力発電所は古い発電機もターバインも取りだして、屋根も解体したとのこと。あと2ヶ月で完成するか、ちょっと微妙なところだ。

9月2日
 チトラールに来る。AKRSPの担当技師は私たちの機械、機器類が届くのが遅いので、再度確かめにラホールまで行ったとのこと。前回ブログ便りを更新してから後、あまりにもいろんなことが起きたので、更新の原稿を打つのが大変。しかも、いつものごとく途中で停電とくる。
 ここのところ、EBの神殿プロジェクトの件で、カラーシャ・コミュニティが降りまわされている。EBも村人もあまりにも次元が低いところでがたがたやっているので(おっと、言い方が悪かったかな)、無視して傍観しているしかない。しかし、1000万ルピーあったら、カラーシャ谷でもっと有意義な援助ができるのにと思うと、やはり気分が憂鬱になる。(終)


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