カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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06年11月末

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 11月末の多目的ホール&作業室と庭
 9月4日に今年2度目のルンブール谷を来訪、今回はお友達一行を連れて、ガイド役をこなされただけでなく、私が10日間留守をした際のキラン・ライブラリーや作業室の世話(小犬の世話も)、私がイスラマバードから戻ってからはこれまで3年間の多目的ホールの会計報告、写真集の収支記録、キラン・ライブラリーの会計報告、多目的ホールで販売した手すき紙やハンディクラフトの売上げ高・純益など、私が苦手とする帳簿関係の仕事を、率先して(私の尻を叩きながら)やっていただくなどフル回転に活躍してもらった静江さんが、帰国のために11月20日チトラールからペシャワールに飛び立たれた。
 今回のブログは静江さんの密度の高い滞在報告です。

*****
留守番から解放された。(静江)
 10月22日、晶子さんが大急ぎでイスラマバードから戻ってきてくれて、多目的ホール&作業室の留守番から解放された。この8泊9日間、日3~4回は食事と洗濯にゲストハウスに戻るため、時間に追われながら生活した。よい運動にはなったが、ジャムシェールとの作業はやりとりを含めて、正直疲れた。
 仕事に対する考え方が私たちと著しく異なっているこの地では、人に任せっきりにすることができない。建物完成までの2年間、晶子さんはさぞ大変だっただろう。特に完成後のこの春からは、建物内外の整備とブログの更新、会計の実務などに加えて、ライブラリーの運営と、1日中まさに自分の時間がほとんど持てない生活を送っていただろうと想像できる。自分の目指していた活動を実現していく喜びが大きくそれが彼女を支えているのだろう。今後何年かかるか分からないが、ジャムシェールも含めて、カラーシャの若い男性、女性たちから、活動の目的を理解・賛同して、運営や実務を任せられる人材(特にお金をきちんと管理できる人材)が育っていくようにしたいものだ。

秋が深まった(静江)
 10月下旬には高地にいた山羊の群れが、村の近くまで戻ってきた。小学生から中学生ぐらいの子供たちも、山羊に草やきの葉を食わせるために、群を村野周りを(村の中を通って)??まで移動させる仕事をしている。小石を投げ、シューウと声をかけて制御している。
 多目的ホールの窓からは、黄色く染まった木々しか見えない。心和む美しい風景だ。9月に落としたはずのクルミの実が、不意にコーンコーンと音をたてて地面に落ちて驚かされる。日射しは相変わらず強いが、昼過ぎには村を挟むように切り立っている岩尾根に日が没ずみ、とたんに気温が下がってくる。
 私の服装も山用のダクロン長袖Tシャツを下着にして、ゴアテックスの雨具をセーターの上に重ね着して、すっかり寒さバージョン。夜は3季用の羽毛寝袋に胸まで入り、今回の滞在のためにチトラールで買い求めた中国製のダブルサイズ毛布を半分に折り重ねてくるまり、ぬくぬくと安眠している。ノミ対策の着替え(衣服全取り替え)の回数は、9月の朝と就寝前との2回から就寝前1回に減り、このごろは「肌着だけを就寝前1回取り替え」で済むようになって、洗濯の負担がすっかり楽になった。私の着替え、洗濯の様子は、ゲストハウスの長男ヤシール「ボー・ナモナ・アダット(とてもへんな習慣)」と言われている。」私自身はノミ対策としてお真面目だが、はたから見ればさぞ滑稽にうつるだろう。
 11月は、村よりさらに高い耕作地(サンドリガー、パラルガーといった支谷の中腹にある。)で暮らしていた家族が次々と村に引き上げてくる。使っていた布団ややかんなどを、カワ(山羊の毛のひもで編んだ三角すいの背負いかご)に入れて背負ってくる女性。何とシェン(ベッド)を背負ってくる男性も見かけた。鍵でとざされていることが多かった家々にも夜には伝統が灯った。刈り取りが終わったトウモロコシ畑では、男の子たちが大勢でボールを蹴っている。(子だくさんのカラーシャの村の人口がふくれあがって賑やかになった。)広場や道路わきでは仲良し数人でクリケット遊び。近所の友達が揃ったこの季節、身体を動かして遊ぶ楽しさをたっぷり味わっているかに見えた。

大雨にあわてた(静江)
 11月9日から4日間雨が降った。晶子さんを手伝って多目的ホール&作業室の運営について様々な取り決めをしたり事務処理をしながら会計報告書を完成させ、満足感に浸った翌日からだった。
 1日目は9月10月とこの2ヶ月間雨らしい雨を見なかったので「恵みの雨」と思っていた。9月に修理した屋根から雨漏りしていないことに安心する。実はこの建物の屋根はもともと建設の時にビニールシートを敷き、その上下を挟む状態でふるいにかけた土をのせてあった。他のカラーシャの家でも近年用いる方法である。ところが昨年の冬、晶子さんが日本に帰国している間に、屋根上にロバが乗って土をほじくりシートを破ってしまったので、ひどく雨漏りしてしまっていた。そこで9月に1週間ちょっとかけて(お金もかけて)、さらにもう1枚屋根全面にシートを敷き、その上にふるった土をのせて修理したばかりだったのだ。
 2日目になると、シートの上にのせてある土が水を含んでやけに少なく見え、心配になる。このまま雨が降り続いたらどうなるか。また濡れたビニールシートは水にとても弱いという。ここに山羊や牛などが乗って歩いたら一たまりもない。また直すとなると、手間もお金もかかる。大変だ!こうなるとふだんは牧歌的な山羊の群れや、どっしりした牛たちが憎い奴に見えてくる。屋根に入らないように、チャーパ(柳の枝でむしろ状に編んだ柵)を立てたり、木の枝を積み重ねたりして囲いをしてあるが、東側斜面からは牛が、西側のトマト畑から子山羊が・・・。小枝を持って必死に追う。安心して作業室に座っていると、窓の外にいつの間にかまた別の山羊の群れが、でっかい牛の家族連れが・・・。大騒ぎして叫んでいる私たちを山羊の群れを率いるカラーシャの子供たちは、不思議そうに見ている。晶子さんが「今屋根の状態がこれこれしかじかだから・・」といちいち説明しなければならなかった。」
 小雨になった3日目。囲いを全部チャーパに代えることに決定。今使っている3個の他に新たに10個を3人に分けて依頼した。2日後ぐらいはできそうで一安心。滞在日数が少なくなっている私は気がせいているのが自分でもわかる。晶子さんを雨なのに引っ張り出して隣のグロム村へ、伝統染織(茜色)のできるお年寄りの女性を訪ねた。彼女の娘さんを助手にして、村の中でこの人ならと思う女性に声をかけて、チョウモス祭が終わった1月頃に作業室で研修会を実施する計画のことを話す。心良く引きうけてもらい、また一安心。この日は事が進みそうな満足感を味わえた日だった。
 4日目はなんと大雨。気になる屋根には大きな水溜りが何ヶ所か」できている。ゆるい傾斜をつけて雨水が流れ落ちるようになっているはずだが、やや不具合がある。
 4日間の雨が上がった。この冬の雪かきで人が乗ることや春の湿った雪のことを考えると、手を加えた方が良いのではないか。大切なライブラリーの本や、テレビ等の機材を守るためにもこの冬の雨漏りは防ぎたい。この土地の建設の詳しいゲストハウスの主人や長男にも相談して、屋根の水が落ち着いたら、傾斜を考慮しながらもう少し土をのせることに決定。(早めにチェックできて恵みの雨だったかもしれない。)
 1日おいて、アリママッド(ジャムシェールの弟、19歳。2階建設のための材木調達のために3ヶ月多目的ホール&作業室の任務を離れているジャムシェールの代わりに、晶子さんのために薪わりなどの雑用を臨時でしている)を雇い、3人がかりの土のせ作業が始まった。アリママッドがつるはしで土を掘り起こし、シャベルで大きなビニールのズタ袋に入れ、屋根まで背負って運び上げる。私は軍手をはめ、彼の相棒として土の中から石ころを取り除き、ズタ袋の口を広げて入れやすくする。晶子さんは屋根の上で土をのせる場所を指示したり傾斜をみながら土を広げたり、屋根端のシートの処理をしたり。ずっと這いつくばって立ちくらみしながら、1日6時間を2日半。久しぶりの肉体労働だったが、終わった喜びの方が大きくて単純作業はけっこう楽しかった。
 11月15日終了。人を雇わず自分達でやったのは、もちろんお金の節約もあるけれど、納得した仕事ができてよかった。 
 人を雇うのもそう簡単ではない。村人それぞれが伝統的な自分の家の仕事(山羊の世話や畑仕事、自分の家を建てるなど)をかかえており、もちろんそれが優先する。家の仕事辞退自然条件や天候に大きく左右されるので、仕事を約束しても当てにならないことが多いのだ。そう言えばチャーパは最初に頼んだ人はキャンセル。次の人が作り始めているそうだ。良い例は南側の石壁作り。
 石の手配は10月末に始めた。ジープ・ドライバーに上流の河原から10台分運ぶように依頼したが、現在まだ1台分しか届いておらず、それも指定の場所ではないところに置いてあり、指定の場所に運び直すと言いながらまだ運ばれてきてない。石壁差g方に頼んだ人は11月4日に1時間半だけやって、その後自分の家の仕事が忙しくて来ない。その後雨も降り、次に頼んだ人は山羊の仕事や奥さんの出産などが入り、1日も来ないままそのままになっている。まあ、あせっても進まないのは進まないのだ。
山の雪に見送られて村を出る。
 11月10日ごろに来る予定だったデンマークのビルギッタさんが、悪天候のためにフライト・キャンセルが続き、ペシャワールで何日も足止めされているらしい。この雨で村から見える山の上の方には雪が降った。ロワリ峠越えの陸路が雪で閉ざされたらペシャワールに出られなくなる。イスラマバード発11月26日の便に乗れないとビザが切れる。そんなことを心配して、あの大雨の日チトラールへ出る日を早めることに決めた。
 屋根の土のせ作業が終わった翌日、11月17日にバラングル村を出た。その朝は前夜に降っていた雨が村のすぐ上の尾根まで雪になっていて、冬の到来を告げるような美しい雪景色だった。
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