カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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今年初めての大人の学習コーナー


 3月から政府の学校の新学期が始まったので、キラン・ライブラリーは午後2時半から開けることにした。しかし3月1日は誰も来ず。昼まで学校で勉強して、また午後から読書というのはカラーシャの子供にはちょっと大変かな。しばらくして学校の勉強にたいくつしたら、また本を読みに来るようになるだろう。それで3月2日は「大人の学習コーナー」をやることにし、まずは語り部コシナワスを講師に呼んで、大人たちにカラーシャの祭礼行事について語ってもらった。
 2002年から2006年までの4年と3ヶ月間、カラーシャの伝統行事、歴史について子供たちに受け継いでもらうために、丸山純&令子夫妻と美穂子寄付金の援助金により、カラーシャ小学校で毎朝、語り部コシナワスじいさんが祭礼のことや昔話を生徒たちに語るプログラムを組んでいたが、それが昨年11月に終了した。
 その間、コシナワスじいさんは重要な事柄は繰り返し生徒たちに語ったというが、まだ語っていない話もあるという。それで今度は大人たちも含めて、多目的ホールでコシナワスじいさんに語ってもらえればと思っていた。しかしながら予算がなくて実現できないでいたところ、11月に東京で放映された私の活動のドキュメンタリー番組を日本でご覧になった森田さんから、「何かお手伝いしたいが、子供たちが元気で遊べるサッカーボールを送らせてもらえたら」というEメールを受けた。
 子供たちのことを思ってくださり、とてもありがたい話である。しかしながら、谷間にある私たちの村の周りはサッカーができる場所もないし、こちらの子供たちはサッカーより雪ゴルフやクリケットをやっている。そこで、申し出てくださった予算3万円で、サッカーボールの代わりに、長老コシナワスの講座のプログラムを提案したら、森田さんは問題なく承諾され、すぐに3月に日本からこちらに向かう村串さんに送金してくださったのだ。
 ということで、コシナワスじいさんの講座の実現が可能となったのだが、第1回目は午後3時という時間が大人たちにとって中途半端だったのと、連絡が行き届かなかったために、集まった人数は8人と少なかった。しかも肝心の講師のコシナワスじいさんが、たまたま山羊をつれて聖域サジゴールに祈願しに来たボンボレット谷の男たちに同行することになり、戻ってくるのが遅れてなかなか現れない。それならばと、じいさんを待つ間、ジャムシェールに「山に木を植えよう」の紙芝居をやってもらう。大人たちは子供たちのように紙芝居に夢中になることはないが、3月は苗を植える月なのでタイミングが良くて、紙芝居の後、植林について話し合いが続いた。
 それでもコシナワスじいさんが現れないので、こんどはヤシールに病気予防についての本を読んでもらう。特に回虫の話をピックアップして話してもらう。「回虫は口や皮膚から体内に入り、卵を産み莫大な数になる。それがつながったら9メートルにもなる」という話を先日子供たちにした時は、みんな「うへー」とぎょっとしていたが、大人(お年寄り)は「いやいや9メートルどころじゃないぞ。いつぞやは村のばあさん、畑の端から端までもの長さの虫を出してすっきりしたと言ってたぞ」とけろっとしている。ヤシールが「とにかく回虫予防には食事をする前に手を洗うことと、みんながトイレを使うことだと書いてある」と言うと、そのお年寄りは「わしはトイレは嫌いじゃ。絶対使いたくない。わしの場所は決まっていて、そこでやるんだ。」とまるで得意顔。彼の長男の家には数年前からトイレが建っているし、昨年のトイレ・プロジェクトにより、二男と三男の家族用に新しいのが二つ作ってあるのだが、彼には無用の長物。このじいさんに限らず、せっかくトイレを作っても大半の年寄りたちは使っていないようだ。トイレを使うようにお年寄りを説得するのも課題の一つである。
 ようやくコシナワスが来たので、1月のデワカ、2月のバスン・マラット、3月のキシ・サーラス、イストム・サーラスの伝統行事の話をしてもらいテープに録音する。「大人の学習コーナー」今年第1回目はコシナワスの話よりも、予定外のトピックスの方がおもしろかった。私にとってだが。
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  写真:「木を植えよう」の紙芝居を見る大人たち


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