カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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静江さんルンブールに出発

静江さんは、昨日、9月3日のPIA(パキスタン航空)北京経由イスラマバード行きの便で、再びパキスタンに向かいました。今回は2ヶ月のルンブール谷の滞在の予定です。
 今回の静江さんの主なる目的は、私も静江さんも留守をしていた6月から8月までの3ヶ月間、多目的ホールの活動と管理がどうなっているかを見、ヤシールやジャムシェールたちと、これから春までの活動や仕事の打ち合わせ、さらに来年作る予定の2階の部屋用の木材を冬の雪から守る手段をするためです。
日本の祭りを集めたDVD3枚も、日本から持っていきましたので、その上映も学習会で行われるでしょう。太鼓、踊り、火に関する日本の祭りですが、カラーシャの祭りと非常に共通している部分があるので、きっと村の人たちは喜んでくれると思うし、日本をより親近感をもってみてくれるようになるかもしれません。

 7月にイスラマバードで起こったラル・マスジッド(赤いモスク)事件の余波で、しばらくの間パキスタンは渡航危険度が高くなり、8月末に「乳幼児の子を持つ女性の健康調査」を行う予定をしていた天使大学大学院助産科の先生たちは、泣く泣くルンブール行きを来年に延期されましたが、8月後半にはいったら、渡航危険度も減ったようです。実際、8月にチトラールから何度か電話やメールをもらっていますが、「別にこっちは何の問題はないよ。ヨーロッパ人の団体旅行者も来ていることだし」というでした。
 時間的な余裕があってルンブール行きに慣れている静江さんは、いろいろ情報を集めて熟考した結果、ルンブール行きを決めましたが、うまいぐあいに、バラングル村にハマッテしまった新潟の元バックパッカー、ムシバッタジー(村人からつけられたニックネーム)も9月に休みをとってルンブールに行くというので、彼と一緒に行くことになって、旅の心強い道連れができてよかったよかった。

 一方、私は明日から2度目の入院です。7月に右の人工股関節置換の手術をしたので、今度は左股関節の手術です。左の手術をしたら、痛みもなくなり、両足の長さも同じになって、普通に歩けるようになるよう期待しています。もちろんリハビリの努力次第ですけどね。退院するのは10月半ばの予定です。それでは、それまで。


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