カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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ミサイルの代わりに花火を

新年明けましておめでとうございます。

昨年は、人工股関節置換の手術を受けたことで、
一時帰国のまま、日本に留まることになってしまいました。
おかげさまで、手術後の経過もよく、
今ではどんどん外出できるようになりました。

年末に、知り合いのご好意により、
熱海にリハビリを兼ねて4、5日間滞在しました。
温泉付きマンションのセンスある部屋に泊まって、
関節痛や傷に効くお湯に14回浸かって、
おいしい魚を食べながら、友と飲み語り合い、
近所の神社の樹齢2000年の楠の木から生命力をもらい、
とっても豊かな時間を過ごしました。

熱海の今年最後の花火を目の前で見ることができたのも幸運でした。
海から次々と上がる花火が、夜空に繰り広げる、
大迫力の音と光と色の世界に、涙がでるほど感動しました。
こんなにも素晴らしい芸術の伝統が存在している事実に感動し、
こんなにも素晴らしい芸術を(観光客のためとはいえ)
不特定多数の人々に無料で見せてくれる熱海市に感謝し、
こういう場面に出会わせてくれた友人や知り合いの
縁やつながりにも感謝しました。

同時に、この感動をカラーシャの人たちにも
体験させてあげたいと思いました。
カラーシャたちだけでなく、アフガニスタン、イラクのような国の人々に
こういう素晴らしい花火を見せてあげたら、
どんなに喜んでもらえるだろうと思いました。
ひゅるひゅるヒュルヒュルどかーん、
ミサイルじゃなくて、花火が空に大輪を咲かす音です。
アフガニスタンの砂漠に日本の花火が上がるのを
想像するだけでもわくわくします。

ミサイルの代わりに花火大会のプレゼントをしたら、
どんなにすてきで、かっこいい援助だとおもいませんか?

と花火を見て、すっかり気分よくなってたのに、
ヴェナジール・ブットー女史の暗殺のニュースです。
殺し合いしても何も始まらないということを、
全く学ばない人たちが多くなった世になってくじけそうになります。
それでも、今年は少しでもよい年になりますよう祈るしかありませんね。
世界のミサイルよ、みんな花火になっちまえ!

新年のほざきと願いでした。
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活動だよりー第1号

 昨年10月末に退院して、その後の経過もよくて、外出するのも問題なくなり、もうまったく病人ではないという状態だったのに、ブログの更新を無視してまして申しわけありませんでした。
 それでも12月には村串さんと、4ページにわたる一年間の活動報告の便りを作成したのですよ。意外にも支援してくださる方の多くがブログを見ないとかパソコン持ってないという事実を考慮して、やはりちゃんと印刷したものを郵送で送らなければと作成したのですが、村串さんはパソコン使わない人、私もすっかり入院ボケしていて、便り作りはけっこう時間がかかりました。
 その活動だより第1号をそのままブログにのせようとも思いましたが、新しい部分よりもすでにブログに発表している内容が多かったので、どうしようかと思っているうちに、年末に突入してしまい、私自身も個人的に忙しくなって、気がついたら、あれれ、年が明けてしまいました。
 前のブログとだぶっている部分がありますが、前のよりもわかりやすい部分もあるので、一部カットするだけで、活動だより第1号をここにのせたいと思います。かなり長いですが、読んでいただければ、活動の内容がよく理解していただけるかと思います。

●キラン・ライブラリー
 読書の機会のない子供たちに、ぜひ図書スペースを設けたいという思いは、国際識字文化センター(ICLC)の援助で、多目的ホールの一角に設置した「キラン・ライブラリー(光の図書室)」として実現しました。(注1)
 06年6月、3週間の滞在後に帰国する村串さんと共にペシャワールとイスラマバードの都会に行って、ライブラリー用のウルドゥー語と英語の本を買い求めました。有名書店や国立書籍財団でも子供向けのウルドゥー語の本は少なく、図鑑のたぐいの本もない。また装丁や紙質が非常に悪くてすぐに破れそうな本が多い。でも教科書以外、本を読んだことがない村の子供たちには脳と心の、価値ある肥やしとなるはずです。
 06年7月から8月にかけては、スタッフのジャムシェールと共に大工さんに変身して、本棚や机を作る作業に奔走。8月末に、敷物を敷いて、前から保管していたもの(注2)も含めて400冊ほどの本を本棚に並べてライブラリーをスタートさせました。それから12月までは小中学校が終わった後の午後から開き、07年1月と2月は学校が冬休みになったので、朝9時から正午まで開きました。
 特に冬休みは、まだ準備もできてない朝の8時半ぐらいから子供たちがやってきて、外でわいわい、がやがや、「早くライブラリー開けてよー」と騒ぎ、こちらはゆっくり朝ごはんの片付けもできないくらいの盛況でした。でも、そのうちに雪ゴルフに興味が移って、子供の数が減ってしまいましたが。
 ライブラリーでは、唯一の有給スタッフ、ジャムシェールが読書のアシスタント役で、小中学生には読めない単語を教えたり、未就学児童にはウルドゥー語と英語のアルファベットを教えたり、終了前に紙芝居や絵本の読み聞かせをします。「浦島太郎」の紙芝居(注3)は人気があって、何度もリクエストがかかっていました。私も時々、英語の絵本の読み聞かせをしますが、人前で話すのが苦手な私も、相手が村の子供たちなので、楽しんで声を張り上げています。(わだ)
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 写真:07年1月のキラン・ライブラリー
***
 4月、待ちに待った春が、谷の下流から標高2000メートルのバラングル村へと上ってきました。中旬には、うす桃色のあんずの花が満開。やがて、くるみの若葉が開いてくると、春祭り(ジョシ)が近い。われらのライブラリーでもストーブと冬用の敷物を片づけ、夏物の敷物を購入して準備万端。でも、子供たちはたまにやってくる程度。外遊びに楽しそうなことがたくさんあるので、ま、いいか・・・。
 私の日本への帰国日が迫り、わださんも私もいない6月からの3ヶ月間、ライブラリーをどうするか、ジャムシェールと話し合いました。夏休みの7月は子供たちの時間がたっぷりあるので、きっと大勢くる。ぜひ開けたい。とのジャムシェールの意欲に押され、初めて彼に建物の鍵を預けて、5月末帰国の途につきました。
 9月、再び村を訪れると、ジャムシェールはライブラリーの出席簿を見せながら、自慢げに報告をしてくれました。6月中旬に本を読みにおいでと子供たちに声をかけたそうです。それからというもの、学校が夏休みになった7月にかけて約1ヵ月半、ライブラリーは子供たちで大いに賑わったとのこと。ただ8月以降は学校が始まったのに加え、ほとんどの男の子たちが種オス山羊の世話をするシーズンに入り、ばったり来なくなったそうです。9月は作物や果物が実り熟す季節。収穫の手伝い、ときには熟したくるみ、ぶどう、桃、りんごなどをねらいに、パチンコを首からぶら下げて周辺をうろつくのに忙しくなりました。再び子供たちはたまにやってくる程度。
 この1年をふり返ると、結果的に「読書月間」があったりなかったり、めりはりをつけて運営をしたことなります。季節に沿った子供たちの生活サイクルを尊重しながら、無理をせずあせらずに、本に親しむ機会を作っていけたらいいかなと思っています。(むらくし)
 (注1)キランは太陽の光の意味。ICLCは、光が届かない状況にある人たちに知恵の光を届けようという願いを込めて、パキスタンの少年刑務所や女性刑務所など4ヶ所に「キラン・ライブラリー」を造りました。
 (注2)03年、美穂子寄付金によりカラーシャ三谷の6つの小学校に巡回図書箱を行った後、保管されていました。
 (注3)ウルドゥー語に訳された日本の紙芝居は、学校の巡回図書箱と一緒に「美穂子寄付金」から贈られました。

●大人ための学習会
 村の人たちは話し好きで、井戸端会議が盛んで、小さな話もすぐに拡がるのですが、話が紆余曲折し、正確な情報がもたらされてないことが多い。しかも将来に向けて真剣に考えた方がいいと思われる健康・衛生、環境、文化、共同体の問題などについては、一堂に集まって話し合っていないことに気づきました。多目的ホールがこういった村人たちの話し合いや学習会の新しい場として、役割りを果はたしていければと思っています。 
昨年の9月に、札幌の助産師養成の大学院の先生たちが休暇にみえた際に、村の女性たちとの交流会を開いたのが、第1回目の「大人の学習会」となりました。日本とカラーシャの出産・育児についての質問、意見交換を中心に楽しい「女性の集まり」となりました。         
 読み書きができない大人たちに、口で百回説明するよりも一回視覚にうったえた方がはやいということもあって、学習会にはDVD上映も抱き合わせたいと思っていました。また、ここ数年、私は村の祭りや行事をビデオで撮影していて、そのつど村の人に「見せてくれ」と言われますが、いちいち一人ひとりに見せるわけにもいかないので、編集したものをいちどきにみんなに見せた方がてっとりばやい。それだけでなく、よその国の文化や景色の映像も見せてあげたら、外の世界を知るチャンスになると思っていました。
 昨年の11月、21インチのテレビ(ソニー・マレーシア)とDVDプレーヤー(サンヨーの箱に入った中国製)を、その年2回目のバラングル村滞在から帰国する村串さんと一緒にチトラールに出て購入しました。ところが、喜び勇んで多目的ホールに設置したものの、どうしてもうまく映らず、その後今年の3月までになんと15回も、買った店や技術者のもとを往復した末にやっと映ってくれました。
 そういういきさつで、DVD上映会付きの大人の学習会は、ようやく今年の3月から始めることができましたが、3月の中旬に、この活動に初めから積極的に関わってくれている小学校教員のヤシール、スタッフのジャムシェール、村串静江さん、私の4人で学習会の運営会議を開き、以下を決定しました。
1)内容は2部に分け、1部は講師の話および質疑応答、2部はDVD上映会を行う。2)人数が多いので男女に分けて週に1回ずつ開く。基本的に男女同じ内容で行う。
 この後、私は帰国するために3月末に村を出まして、この活動は村串さんとバトンタッチしました。(わだ)
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写真;07年3月コシナワス爺の語り 
***
 火曜日(女性)と金曜日(男性)に決めて、春祭り(ジョシ)前までに16回、学習会を開くことができました。語り部コシナワス爺が、カラーシャの慣わしや起源、伝説を語るのをきき、その後お楽しみのDVDタイムというプログラムです。会を重ねてくると、「あの話をやってくれ」などの要望や提案が出されたり、語りの後には感想や意見で盛り上がったりしました。
 ヤシールが、「せっかく自分の家にトイレを造ったのに(注4)、使わない人がいる。どうしてだ。」といった問題を投げかけたことがありました。また、参加者から、「春の仕事を早めに始めたいので、春祭りの日程を早められないか」などの提案が出されたこともありました。
 女性の学習会のときに、谷の診療所の保健士から薬の使い方や衛生的な生活のし方についての講義をしてもらったこともありました。子供の回虫の駆除、洗えない寝具をどうして清潔に保つのか、避妊薬を飲んでも効かないのはどうしてかなどの切実な質問が女性たちから出され、生活に直接生かせる内容になりました。
 DVDはストックしてあったカラーシャの祭り、デンマーク女性がつくったカラーシャのドキュメンタリーを見終わってしまったので、新たにチトラールから、チトラールの音楽と祭り、アフリカ動物のドキュメンタリー、津波の映像を買い求めて上映しました。村人はDVDが大好きで、編集なしで1時間半も延々と続くパキスタン製の映像でも、大音量で楽しんでいました。私はそのたびに作業室に退散・・・。
 ヤシールが学習会担当のボランティア。時計を持たない村人がほとんどなので、開始時刻30分前から村を歩いて知らせまわり、コシナワス爺の迎えに子供を送り、会の計画と運営を努めています。この春の2ヶ月間は畑の耕作、種まき、水入れと忙しい時期でしたので、彼は村人の様子をみながら開始時間を決めていました。女性の会は午後開催。男性の会は夜。日が長くなった5月の祭りの頃には夜の8時開始、10時終了になっていました。これからの季節、およそ半数の家族が村を出て村から離れた畑のそばの家に移り住むので、学習会に参加できる人数が減るけど、私が日本に帰った後も、様子をみながらできるだけ学習会を開きたいと申し出てくれました。
 ヤシールからの報告によると、6月に3回、7月、8月は各1回しか学習会が開けなかったそうです。葬式が3回あり、おまけに語り部コシナワス爺が隣の谷で、ギリシャのNGOが運営する学校に高給で雇われてしまい、村にはいない状態が続いているとのこと。DVDもパキスタンでは内容のあるこれと思うものが買えないのが現状です。私も9月には日本の祭りのDVDを持参し上映会を4回開きました。それにしても、よいDVDが欲しい。(むらくし)***
(注4) 06年から07年にかけて、アメリカ人のグループとイギリス人のNGOの援助で、村の大半の家にトイレが造られました。

作 業 室
 村人の現金収入源と、「多目的ホール&作業室」の運営資金源のために、カラーシャの小物や手すき紙の製品を作るための部屋です。作られた製品は、主に多目的ホールに展示してツーリストに販売します。また、質のよい製品作りをめざすために、折々に、村人たちを集めて研修会を開きます。
●手すきの紙作り
10年ほど前にICLCの田島伸二さんから紹介された紙作りは、特定な現金収入のない若者が、土地にある材料を使って、簡単な設備の中で、リサイクル精神を融合させながら作れる、村の環境にもってこいの仕事です。これまで屋外で行っていたのですが、作業室の中でかんかん照りの真夏でも雪の積もる真冬でも作業ができることになりました。
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 材料となる木の皮を準備するジャムシェール            

●ハンディクラフト
 カラーシャには伝統の染めや織りがありますが、衰退の一途をたどっています。これらの伝統技術を復活させ生かしながら、現金収入源となる手工芸品を開発し、生産販売していきます。
 ここ数年、多目的ホール&作業室の建設、水力発電所の改善プロジェクト(注5)に関わっていたため、時間的に若者を集めて指導することができなかったのと、今、作業室が私の寝泊りする生活の場と兼用になっているので、空間的にも無理があったりで、なかなか集中して作業室での活動ができずに、少し足踏み状態です。カラーシャの織り紐を縫い付けた小袋、手すきの紙のカード、あるいは試作品を作ったりと、自分だけで作る作業は時間が空いた時にやっています。
 10年ほど前から村の娘たちが作るようになったビーズの腕輪は、日本の若い女性たちにも流行っているので、販売対象になると思い、去年の秋から私も作り始めています。村の娘たちはおもしろいデザインを生み出すのですが、仕上げが悪いなど、販売品としてはちょっと無理というものが多いので、私がデザインして作り始めたものを、村の娘たちに引き継いで作ってもらい、最後の仕上げをまた私がして完成させる工程でやってみました。1月、2月の冬の間はライブラリーの机に座って、子供たちの番をしながら、ビーズ作業に励みました。これらの物は日本にも持ってきましたが、展示ケースに並べられた製品は、後ほど村串さんが外国人ツーリストに販売してくれました。
 来年、2階に個人部屋を増築した後は、作業室での活動がフルにできると思いますが、紙作りの道具、ハンディクラフト指導のためのミシン、作業机と椅子など設備を充実させて、カラーシャの特色を持ちつつ、質の高い製品作りができるよう頑張りたいと思っています。私自身も技術的なこと、販売法など学ぶべき課題がたくさんあるので、まだしばらくは引退できないかも。(わだ)
 (注5)04~05年、日本政府の草の根援助で、私たちのNGOは94年に造った古い水力発電所を、水路、発電設備を含めて全部新しく造り直しました。
                                      07年に行った工事など                   
― 道路側の石壁造り ―
 ・ジープ道路に面している敷地西側はセキュリティー上、塀が必要と思われた。
 ・高さ150センチの石積みの上にセメントを流して強化した。出入り口として木戸とステップも設置した。
・石積み職人2人雇い、ジープ38台分の石を使って、3月上旬開始、4月下旬完成した。
― 外まわりの整地 ―
 ・建物の南側と西側を整地して、低木、芝、花、野菜を植えた。
 ・9月には青々とした芝生と、コスモスの花で、周囲の埃っぽさが緩和された。
 ・大雨の後、ライブラリー側の壁に水がしみてきたので、外側に排水路を造った。
 ・これらの作業はすべてスタッフのジャムシェールが行った。
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 出来上がった道路側の石壁
 
              ***********
多目的ホール&作業室での活動と運営は、最終的には村人たちで動かしていくのが目標ですが、現時点では多くがみなさまの寄付によって支えられています。どうぞご協力、ご支援のほどお願い致します。
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