カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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ハンディクラフトについてのミーティング



 一月末に九州の親元のところから東京に戻ってしばらくした2月のはじめに、静江さんの紹介でNさんとYさんにお会いしました。お二人共、「多目的ホール&作業室」での活動、特に現金収入源のためのハンディクラフト開発を2年前から支援してくださっています。
 近年、自給自足の生活が崩れ、カラーシャの人たちは現金なしでは生活できない状況にあります。例えば、30年前までは女性の服も以前は自分の家の羊毛で織って作っていましたが、今ではミシンで服を縫うようになったので、黒い布や模様用の毛糸を買わなければなりません。以前にはなかった紅茶も入ってきて、今やどの家庭も紅茶なしの朝食は考えられなくなっています。その紅茶と砂糖の値段は小麦の値段と共に年々高くなる一方で、現金を持たない村人たちの、谷の万屋へのツケの額もうなぎ昇りに這い上がっています。

 辺境の小さい谷には現金を稼げる定職は、小学校の教員、保健所や動物病院の助手か門番ぐらいしかなく、大半の家は現金を持っていません。長持ちの底をかきあさっても、500ルピー(1000円)持っている家はあまりないのではないでしょうか。近年は膨大に膨れた店のツケを払えずに、大事な畑を手放す人も出てきました。
 独自の文化を持っているカラーシャの谷には、ツーリストがやってきます。(9,11テロ以降、数は減っていますが)それなのに、ツーリストがみやげに欲しくなるようなハンディクラフト(民芸品)がほとんどありません。かろうじて、女性たちが身につけている服、帯、頭飾り、首飾りが村の万屋さんにぶら下がって売られていますが、そういうものはかさばるので、誰もが購入するわけではありません。
 「村人の現金収入源の一部となるように、カラーシャの特色を生かし、なおかつかさばらず、しかも買いやすい値段のハンディクラフトを開発する」という活動は、カラーシャ谷に来た当時は個人で少しずつ始めていました。NGOを立ち上げた10年前からは、手すき紙製品や織りの小物作りを村人も巻き込んでにやるようにはなりましたが、それでもほとんどの作業は私が自分で行っています。(村の人たちは特に仕上げの部分などが、うまくできない)2年前に作業室も作りましたし、これからは私が関与する部分を極力減らし、村人たちに積極的にバトンタッチして、カラーシャのハンディクラフトを生み出していきたいと思っています。
 そういう思いの時に、NさんとYさんに会って、あれこれ新しいアイデアや意見をいただいて、とても助かり、そして励みになりました。後日、Yさんからは手すきの紙用の、すてきな山羊のシールも作ってもらいました。(わだ 08年2月)
 パーテ~1

帯の織りとチトローヤックという織り紐を生かしたバッグ わだ作

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