カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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14年ぶりのガンダオ祭

11月12日の夕方から雨が降り出し、そのまま夜は雪になる。初雪だ。翌朝、ジャムシェールが増築した2階の作業室の屋根の雪かきをする。2階ベランダの外(1階の多目的ホールの屋根になる。)の雪かきをしていないので、どうしてかときいたら、雪かきのためにそこを踏んだら、雨漏りよけに土の間に敷いたビニール・シートが破れるからだというのだ。土の中に混ざっている石に上から圧力がかかるとビニールが破れてしまうという。どうして、ふるいに掛けた土でビニールを覆わなかったのかと、首をかしげてしまうけど、今更、屋根作業の責任者のジャムシェールに文句をいったところで、どうしようもない。
 そのベランダの外にぐしょぐしょに溜まった雪解け水が、その次の日の夜、つまり14日に、再び降り出した雨と共に下の多目的ホールに漏り出してきたので、ハンディクラフトや手すき紙の展示品を避難させ、雨漏りの箇所20カ所の下に、持っている器を総動員して当てがう作業などで、夜中の3時すぎに床に着く。
 実はこの日の昼間、ボンボレットのブルーン村から使いが来て、バジゲ一族のファイジが父親と叔父さんのガンダオを建てるのでバジゲのジャミーリ(一族の女性家族)は翌日集まるようにとの通達があったのだ。私は20年前にバジゲのヌシャヒディンと姉弟の契りを結んだので、私もジャミーリに数えられ、うちの村からは私とシャイバのおじいさん(亡くなった彼の母さんがジャミーリだった)だけがみんなより1日早く呼ばれていた。
 しかし、天候は悪いし、道もぬかるんでいて危ないし、ホールの雨漏りも気になるし、睡眠不足もあるしで、今ひとつボンボレットに行く気にならず、うじうじ、むじむじしていた。でも、ジャミーリが持って行くクルミパンも20~30枚焼いてもらっているし、せっかく呼ばれて行かなかったらバジゲ一族のジャミーリを放棄することになるので、行くことにする。

ガンダオとは亡くなった家族(主に男性)の木彫りの記念像のことで、これを建立するには、カラーシャ三谷から人を呼び、葬式と同じ規模で歌と踊りをガンダオに向けて行ってもらい、建立者はお返しとして、チーズと山羊の肉の饗応をする。車で行き来ができる今は、以前の数倍の人が集まる。カラーシャだけでなく、近辺のイスラム教徒もたくさんやってくる。したがって相当の費用がかかることになり、ガンダオを建立する人はめったにいない。14年前にビリール谷で行われた以来のことだ。
今、夜中の12時10分。明日チトラールに行く準備もまだしていないので、今回は申し訳ないけれど、これまで。
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写真:若者がガンダオを背負って踊ると、会場はいっそう盛り上がる。
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