カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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陽さん、感謝してます。

師走でお忙しいことと思います。
私は12月12日にパキスタンから一時帰国してまいりました。
今回はパキスタン航空を使わず、サービスがよいといわれるエメレイツ航空の飛行機に乗って、ペシャワールからドバイへ、そこから大阪経由で東京に戻ってきました。

 帰国してきた次の週末に、下北沢の「ぐ」のマスター、長内陽介さんが亡くなったという知らせをきいて、まだ呆然としている状態です。下北沢の北口にある自然食レストラン&飲み屋の店「ぐ」は、その昔30数年前に下北沢の南口のはずれに、当時学生だった陽さんとその仲間4人で作った小さな店でした。まだ若かった私と友達は、お酒が飲み足らなくてかなり夜中だったと思いますが、下北沢の町をうろついていて見つけた店でした。
 ボブ・ディラン、グレートフル・デッド、ジェファーソン・エアープレインなどベトナム戦争反対を掲げるフラワー・チルドレン系統のロック、ストーンズなどブリティッシュ・ロックを聴き、サントリー・ホワイトのウィスキーを飲みながら、「ぐ」でたくさんの友達と出会いました。その友達たちとは今でも家族のようにつき合っています。
 「インドに行くぞ!」と思い立って23歳の時に初めての旅に出たのも、「ぐ」で出会った人たち、「ぐ」で知った情報にふるい立てられた部分が多いにあると思います。平和思考、リサイクルの精神も「ぐ」に出入りして影響を受けたと思います。「ぐ」がなかったら、インド近くのカラーシャの谷に住んでいる今の私はなかったと思います。
 旅に出て帰国した時に、パキスタンから一時帰国した時に、いつも「ぐ」が存在してくれていて、「ぐ」に行けば(だんだん遠くなって、昔のようにしょっちゅう行けなくなったけれど)、陽さんや蕾ちゃん(陽さんの奥さん)、そして懐かしい飲み仲間たちの顔に会えるということが、どれだけ私を心安らかな気持ちにしてくれたことでしょう。30数年間ずっと休まず「ぐ」を開けてくれて、ほんとうに感謝の気持ちでいっぱいです。
 でも、ちょっと逝くのが早かった(享年59歳)。明るく朗らかな陽さんだから、悲しい顔はしないようにとお通夜の場でも言われましたが、やっぱり悲しいです。一人で電車に乗っている時、お風呂に入っている時、じわーと目の周りがうるんでしまいます。でも、逆に陽さんが「いやさ、天国ちゅうとこはおもしろいとこなんだよ。ジョン・レノンとボブ・マーレーがさぁ、ゲートんとこでおいらを迎えにきてんだよ。」なんて言ってそうな気もします。
 大変なのは残された蕾ちゃんとお嬢ちゃんたちです。「ぐ」を来年も継続して営業していくかどうかもまだ決まっていませんが、12月29日に今年最後のパーティを開く予定だそうです。「ぐ」を知っている方々、ぜひ足を運んで蕾ちゃんを励ましてあげてください。
 私は明日26日に九州に帰省します。
 それでは、2009年こそ良い年でありますよう。

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