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カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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これはなーに?

09年8月6日
 カラーシャの谷でボランティア的活動を行っている外国人は、私だけでない。もちろん多目的ホール&作業室の建設とその活動をサポートしてくれている静江さんもだけど、隣のブンブレット谷ではギリシャ人のNGOが学校建築に、バシャリ(生理・出産時期のこもり家)、水道タンク設備、総合文化施設など、大規模に行き過ぎるほどの援助活動を行っているし、ビリール谷ではイギリス人M女史が堤防やバシャリ、その他の活動を繰り広げている。
 そのM女史は20年前からの顔見知りだけど、彼女はカラーシャ谷に住む外国人が嫌いだったので、私はずっと彼女から無視されていたが、ここ数年はエレクション・ビビ(注1)のことや犬のことで話をするようになり(彼女は根っからの犬好きで、ビリール谷やペシャワールで計8匹の犬を飼っている)、さらにM女史が私の友人ファウジアに一目置くようになってからはメール交換などして、割合い近しく接するようになった。
 彼女は私と違って、パキスタンの政府高官たちや外国大使館からの、援助プロジェクトを立ち上げるのが上手で(NGOをやっているのだから、必要な部分ではあろう。)、これまでにもたくさんのプロジェクトを手がけている(予算のわりに内容が乏しいものが多いが、エレクション・ビビのNGOに比べればましな方か)。
 先々週、M女史がHIV/AIDSのワークショプをルンブールで開くために、サイフラー・ゲストハウスにやってきた際、私も呼ばれた。呼ぶとすぐに行かないと機嫌が悪くなるモーリンだが、私はちょうど、大工さんたちに昼食のタシーリ(カラーシャの主食)を焼いていたので、手が離せず、大工さんたちに昼食を出し、私も昼食を食べてから、モーリンのもとに行く。慌てていくことはなくて、彼女は連れてきたビリール谷のカラーシャ女性3人、ムスリム改宗男性一人そしてチトラール人のドライバー兼アシスタントと昼食中だった。
 ビリールの人たちを連れて来ているところをみると、これからワークショップを始めるのだろう。きいてみると、「ビリールでやった時は、みんな静かに話をきいてくれ、成功した」らしいが、ルンブールではどういう風にやったらいいか、まだはっきり決めていないという。
 ビリールでの成果を見せようと、うちの村の女性と地面に座り込んでよもやま話をしていたビリール女性3人を呼んで、横の椅子に座らせて、「HIV感染は3通りあるけど、何だった?」と英語の多いカラーシャ語でM女史が質問すると、「手を洗う。そうじをする。・・・」と、雀の学校の生徒みたくにピーチクパーチク(あるいはバカの一つ覚えみたくに?)、ビリール女性の一人が即座に答えるのをさえぎって、「違う。それじゃない。先日話したことよ」とM女史は怒る。
 「ほら、このイラストを見なさい」とM女史はビリール女性に1枚のラミネート張りの紙を渡す。それはさっき私ももらったもので、「個々に注意をうながす安全対策プロジェクト」とタイトルされ、スポンサーであるフィンランド政府と彼女のNGOの名が入った、両面それぞれ6コマのイラストが描かれていた。「使用済みの注射器を使わないように」喚起するイラストが一面と裏の半分9コマ描かれ、その残りの3コマが、「男女がベッドの端に座って手をつないで向かい合っている図」「男性の背広が脱ぎ置かれ、男女は座ったまま抱き合っている。その横に拡大コンドームが描かれている図」「男性がトイレで中腰になり、片手にコンドームを持って、片手でズボンのジッパーを降ろそうとしている図」である。いわゆる性交渉でHIVに感染しないための対策を図にしたものである。私は最初これを見た時、確かに妙にまじめな図ではあるが、率直すぎて笑ってしまった。(M女史も笑っていた。)
 ビリールの女性おばさんもやっぱり、注射器のイラストよりも、男女がベッドで向かい合っている方が興味があるようで、しばらくじっとそのイラストを見ていた。そして、「これはなーに?」と私にきいてきた。私が「それは、夫婦や恋人が一緒に寝る時にはね。」と説明をしようとすると、「いや、この女の口から出ているもんはなんだね」「えっ?」「ほら、」と彼女が指で示したのは、イラストの女性の後に、一本の線で描かれたベッドの頭の部分(頭や枕が落ちないようにベッドに垂直に張ってある木の部分。日本語でなんというか出て来ない。)だった。ビリールのおばさんは、イラストの女性が話している口のわきからベッドの線が伸びているので、口の中から何か出ていると思ったようだ。「これは、口から出てるんじゃなくて、ベッドの木だよ。」と説明したけど、おばさんは「ふうん」と今一理解できない顔をしていた。
 読み書きができない人たちのために、わかりやすいようにイラストで描いても、イラストを読む力がこういう風だ。しかもこのビリールのおばさんは一応M女史
に「理解がはやい」から選ばれて連れてこられたわけでだろうに。ふうむ、なかなか前途多難なようだ。
 HIV/AIDSのワークショップは結局、その日は行われなかった。場所の問題もあるようだ。そこで、私は「多目的ホールを使えばいい」と申し出た。HIV/AIDSのことはできるだけ早く、カラーシャの人たちに伝えた方がいいわけだから、ここは協力すべきだろう。一週間後に第1回目のワークショップを開くという。M女史の予定では冬の前までに月2回開くということだ。場所の使用料はもちろん無料で、私もボランティアとして協力することにした。さて、第1回目のワークショップ、どうなることやら。

(注)ルンブール谷出身のカラーシャだったが、10代の頃にペシャワールの高官にみそめられて、都会で生活しながら、カラーシャ人不在のNGOを立ち上げ(らされて)、メディアに「カラーシャに尽力する女性」と大嘘の宣伝をし、莫大な予算の、しかも不要な建築プロジェクトによって、その大半の援助金を着服する、なかなかしたたかな30代の女性。最近、彼女のNGOパートナーのムスリム男性との間に子どもが生まれているときく。
IMG_3262.jpg
写真:問題のイラスト
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