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カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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4ヶ月ぶりのパキスタン

4月17日
 恐怖の水かけ祭は15日で終わって、カウサンの通りは普通の騒々しさ(?)に戻り、ほっとする。16日はラホールやイスラマバードの友人ファミリーへのおみやげ買いに費やす。といってもかさばる物、重い物は、足が痛くてすっかり力がなくなった私には持ち運べないので、そんなには買えない。カラーシャたちにはタイの置物やお香などは無用の物なので、チトラールで大量にビスケットを買うことにしよう。17日は昼の12時に宿の部屋をチェックアウト。空港には4時半頃に出ればいいので、汗がほとばしり出る蒸し暑い外気を避けて、エアコンの効いたインターネット屋で3時間近く過ごす。新年の休暇の最終日で道が混んでいて、エアポート・バスが30分遅れて到着。しかし逆方向だったので、空港には50分で着いた。
 今回会いに行くはずだった、20年以上も前からの友達で、現在バンコクで仕事をしているスイス人の友達家族とは、彼らが休暇でバンコクを離れていて、すれ違いになってしまった。せめて空港から電話しようと、チェックイン、イミグレーションを済ませ、搭乗ゲイトの待合室のずらりと並んだ公衆電話にコインを入れるがかからない。きくと、そこの電話は壊れているらしく、上の階に行けという。せっかく手荷物の検査を通ってきたのに、またやり直さねばならない。上の階の電話もなかなか見つからずいらいらしたが、ようやく無料電話を見つけ、ゆっくり友達と話すことができた。
 電話のことでもう一つ歯がゆいのは、今回向かうラホールの紙漉き仲間の友人に、そこここに看板がかかっている1分15バーツの国際電話で電話しようとしたら、パキスタンはシステムがないから通じないと言われた。パキスタンを通り越してヨーロッパにはできるのにと、がっくりしてたら、そばにいた親切な日本人旅行者が、セブンイレブンで100バーツのテレフォンカードを買って国際電話用の公衆電話を使うと簡単にできると教えてくれた。そこでセブンイレブンに行くと、100バーツのカードはなく、300バーツか500バーツしかないという。3軒廻ったが、みんなそうだった。ラホールの友人にはすでにEメールも出してあるから、ただ確認の電話をするだけで、300バーツのカードは買いたくないとあきらめた。パキスタンからタイに来ると、パキスタンに比べるとずい分便利だと思うのだが、逆に日本からタイに行くと、まだ遅れているなと感じる。ま、遅れていても別にいいけど、壊れている電話は直してもらいたい。

 バンコク午後8時発で、ラホールにはパキスタン時間午後11時ごろに着く。到着のパスポート・コントロールのところはごったがえ。みんな一列に並んでなくて、パスポートの係員のカウンターを取り囲むように群がっている。成田やバンコクではありえない光景だ。婦人と子供優先の列にも男が並んでいる。そばの外国人女性と私が、並んでいる男たちに文句を言ったが平気な顔。パキスタン人は個人的に知り合えば親切で人がいいのだが、公共マナーは最悪だ。
 両替所も、取りあえず60ドル換えようとしたら、係員が「たった60ドル?100ドルじゃないの?」とよけいなお世話を焼く。挙句に80ルピー足りない。「80ルピー足りない」といったら、100ルピー出して、20ルピーおつりをくれという。「ルピーがないから今両替してるんでしょうが。まったく。」そしたら、「しょうがない。じゃあ20ルピーは要らない」というところが、いい加減でパキスタンらしい。有人公衆電話で友人宅に電話したら、Eメールは届いてなくて、突然の電話に驚いていた。しかしパキスタンの人は嫌な顔せずに、「おいでなさい」と言ってくれる。公衆電話の兄さんに5ルピー払おうと百ルピー出したら、おつりがなくて、これまたタダにしてくれた。やっぱりパキスタンはいいなと、20ルピーや5ルピーで喜ぶ私。夜中の12時半にぼろタクシーで友人の家に着き、シャワーを浴びてバタンキューで寝てしまった。
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