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カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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05年9月5日~15日



 多目的&仕事部屋建設で、大工さんの仕事は別にして、残るはトイレ作り。便器はすでに購入済みだが、まずやらなきゃいけない作業は、外の浄化穴だ。8フィート四方で10フィート深く掘らねばならない。力はいるが、単純労働なので村の男の誰でもできるはずだが、現在、発電所の工事、神殿の建設倉庫になる神殿の建設と,小さい村で三つの公共事業が進行しているし、ちょうどトウモロコシの収穫時でもあり、また現金収入の筆頭となる松の実取りも始まったので、働き手が見つからない。
 ジャマットの父親違いの弟が、穴掘りとその穴の石壁積みをやってくれることになっていたが、彼も急きょ、山羊の放牧地に行くことになってしまったので、あと2フィートほど掘り下げる状態のままになっている。その穴が一晩で水が入り池になった。どうもジャマットが周りの草を刈った後に、夜に水を引いたtためのようだが、本人はしらばっくれている。
 私は、暇をみては不要な石で道路側の石壁造り。アリママットがやったのは、一見良さそうに見えるが、ただ積んだだけのところもあるので、彼にはトイレと倉庫の壁に石灰を塗らせることにする。そこだと多少塗りが汚くなっても人目に知れないから。
 しかし、若くもなく、力もない私が突然石壁を造るのが無理な話だったんだろう。一回、続けて6時間ほど石壁作業をやったら、翌日から持病の股関節が痛みだしたので、それからは石壁仕事も中断している。代わりに多目的ホールの壁の木枠のペンキ塗りを始めている。

 発電プロジェクトの方は、完成したタンクから水を落とす水管を設置して、現在新しい発電所の建築が始まった。元の発電所よりも部屋も大きくなり、サイドルームも造られる。水管の位置の関係上、5メートルほど上流に建てられる。到着が遅れている発電機やターバインは運搬中で、今週中にはチトラールに着くということだが、そのためにこちらはずっとはらはらし通しだ。プロジェクトの完了が10月末(正確には11月7日)なので、それまでにぜひ間に合わさなければならないのだ。
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   写真:発電所建設。まず床下にタービンから落ちる水を流す水路の壁を造る。

 ウルドゥー語の最高権威でいらした東京外語大学の故鈴木教授が、生前にICLC(国際文化識字センター)の代表者・田島伸ニ氏に託された貴重な寄付金の一部を、多目的ホールの中にキラン図書室を創設するよう、この7月の田島氏から1792ドルを援助金としていただいたことは、前のブログ便りでお知らせしたが、このたびICLCに提出した計画書をブログ便りにも掲載する。

キラン図書室の設置にあたって

  私が住むようになってからのこの18年間で、人口3千人のカラーシャ族が暮らす三つの谷での、パキスタン政府の公共事業や、海外からの援助事業で使われたお金は莫大な額にのぼっています。
つい最近は、7月にプライベートでこっそりカラーシャ谷の一つボンボレット谷にやって来たムシャラフ大統領に、どこから情報を得たのか、権力とお金が大好きと噂される一カラーシャ女性がこれまたこっそり会いに行き、「自分はカラーシャの代表者だ。カラーシャがサバイバルしていくにはジェシタック神殿の建て直しが必要だ。」と要請して、三つの谷で二つずつ計6つの神殿を建てるために1000万ルピーもの援助金を引き出しました。それで私の住む村にも新たに二つ目の神殿を建とうとしています。
 その1ヶ月前に、英国女性が運営するNGOの援助で、私の村の唯一の神殿の再建工事が始まったばかりなのに、どうして以前存在しなかった二つ目の神殿を別に建てなければならないのでしょう。表だって反対したのは私だけで、「せっかく来た金だから、何でもいいから使ってしまおう。二つ目のは神殿でなくて、肉を煮る場と物置に使えばいい。」と、村人たちは金に目がくらんで即賛成。というより、ほとんどの村人には何がなんだか理解できないうちに事が進んでしまっています。
 ということで、現在村では、その9割の世帯がトイレすらないという状態なのに、必要性の低い物置の建築工事が予算100万ルピーで建とうとしています。もちろん、石と木だけの建築物ですから、この予算の半分以上は関わっている個人のポケットに消えていくことでしょう。
 
 これは一つの例ですが、こういう矛盾したことが起こるたびに、「ああ、村の人たちが、自分たちには今何が必要なのか、もう少しわかる眼を持ってくれていたら・・・」と口惜しい気持になります。

 20数年前にジープ道路ができてから、それまで自給自足で独自の伝統生活を送ってきたカラーシャの生活は、徐々に変わってきています。カラーシャの人たちだって、生活水準を上げていく権利はあるので、ある程度の生活が変わることは当たり前のことだと思います。しかし、彼らの生活水準はほんとうに上がっているのでしょうか?
 大半のカラーシャたちの生活は今なお大変です。自給自足の生活も崩れつつあり、大半の家は主食の一つである小麦も自給できなくなっています。大人も子供も健康管理が悪いから病気も多い。女性は栄養のある食事を取ってなくて、万年貧血。汚れにまみれている子供たちの腹は虫が巣食って膨れ、万年下痢。大人も子供もしょっちゅう肺炎にかかります。その度に高いお金を使ってチトラールの病院に連れて行かねばならず、持っている少ない現金は消えていき、借金がかさんでいきます。カラーシャたちは各家が畑と家畜を持っていて、チトラール地域の中では恵まれている方なのに、援助金も次から次へと入って来ているのに、どうしてこうなるんでしょう?

 今のカラーシャに必要なものは、「人作り」だと私は強く思います。外から押し寄せてくる援助事業、観光目的の商売など、あらゆることがらをきちんと把握し、元来カラーシャが持っている特質(宗教・文化・生活環境も含む)を生かしながら、日常生活の安定と広がりにつなげていくことを実践していくようなカラーシャの人間が必要です。そうでないと、ジープ道路ができてからのこの20数年間で、すぐ外からのパキスタンの影響(不正・賄賂の最も多い国の一つ)を知らず知らずに受けてきたカラーシャのコミュニティは、近い将来に、混乱の中で崩壊するかもしれません。

 人づくりのためには何が必要か?これこそ、ICLCが提唱してきた「ヒューマン・リテラシィ」です。私たちのNGO、ルンブール福祉文化開発組合は1998年から、教育促進活動の一環として、ルンブール谷の全学童に教科書を配っています。これによって学校に行く子供は大変に増えましたが、ただ読み書きを教える政府の学校のカリキュラムだけでは十分ではありません。これからの将来を担っていくカラーシャの子供たちには、パキスタンだけが世界ではない、世界はもっと広がっていて、可能性があることを知ってほしい。善悪の判断ができる人間になってほしい。悪いことに対してはノーと言える人間になってほしいと、望みは尽きないのですが、そういったことを学んでいくための手段の一つは、何と言っても「本」だと思います。子供の頃に読んで感動した物語は、深く心の中に刻まれ、大人になってからも忘れられません。人間性を形成する養分になり、後々の人生に大きく影響することもあります。

 2002年に、カラーシャの子供たちにも本を読む楽しみを知ってもらいたいと、カラーシャの三つの谷の小学校6校に、巡回図書箱の活動をしました。わずか6ヶ月の期間でしたが、カラーシャの子供たちが、教科書ではない本を初めて手にして、目を輝かせている光景を目にして、やはり、常設図書の場所を作りたいものだと思うようようになりました。
 現在、日本の友人の協力によるプライベート.プロジェクトで、「多目的ホール&仕事部屋」を建築中で、器の方は9割がた完成しています。「多目的ホール」は名前の通り、ミーティング、勉強会など多くの用途に使うための空間ですが、このホールの一角に「常設図書コーナー」を設立する案は当初からありました。もう一つの「仕事部屋」は、田島さんの指導で1998年から始めている「手すき紙作り」や、10年以上前から試行しているカラーシャの伝統織物を活かした「小物作り」などの作業を、トレーニングおよび実践する空間です。
 ところが、建物の建築費用だけで、予算の倍以上かかってしまいまして、ホールと仕事部屋の中身の設置までまわらなくなっていた状況の中で、ICLC東京を通じていただいた、鈴木公子御夫人の暖かい援助金は、まさに機を得た贈り物。この秋に建物が完成しましたら、この援助金で「常設図書コーナー」に置く本と本棚、テーブルなどを、そして「手すき紙作り」のための器材を注文、購入、設置し、ルンブール谷のキラン図書室を開設したいと思っています。計画の詳細は別紙にてご覧下さい。

 ご協力ほんとうにありがとうございました。これからもよろしくご指導のほどお願い致します。


ルンブール福祉文化開発組合・代表
わだ晶子


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写真:未来のキラン図書室の壁に石灰の白い色を塗る。
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