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カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

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10月1日~3日


ブーニー行き
 9月29日と30日に月末の諸々の用事でチトラールに来たばかりだったが、いったんルンブールに戻り、翌日10月1日にまたチトラールに出ることになった。
 というのは、10月2日の日曜日にブーニーで、チトラール選出の国会議員、州議員ほか、8月の選挙で選ばれた24のユニオンの議員たちの多くが集まる、PPPとMMA合同の大きな集会があり、私のカラーシャ弟(歳がわからないが、兄ということはないだろう。)のヌシャヒディンと一緒にその集まりに行くことになったからだ。
 ヌシャヒディンは10月6日のチトラール県議会の選挙のカラーシャ議席に立候補していて、キャンペーンに大忙しの毎日だ。チトラール議会は24の議席は先日選ばれたユニオンの各議長が占め、女性の3議席とカラーシャの1議席、そして議会の議長と書記が、チトラール全域290ユニオン議員の選挙で選ばれる。しかし私は文化や芸術分野に興味があり、政治や商売に関しては苦手なので、キャンペーンが開始されても、カラーシャ弟にいくらかの資金支援をしただけで、ずっと関わらずにいた。
 ところが、ヌシャヒディンの対抗馬のバシャラカーンのポスターに、自分に票を入れたら、アメリカ、イギリス、日本、などの国からたくさんの援助金を持ってくると公約してあるのを見て、笑っていたまではいいが、いくらユニオンの議員でも、多くは読み書きもできない田舎のおじさん、おばさん、バシャラカーンの公約を真面目に信じる村人や議員がいるときいて、一言、「日本の国が、そんな簡単にわけわからん金をくれるはずがない。しかし、ほんとうに必要な援助については、くわしい状況説明と計画書を提出し、日本側が承認すれば援助も可能だ。」と言ってやらないとと出かけたわけだ。
 結局、女性は垂れ幕の後に座ってなければならず、公の場で話をする機会はなかったが、ブーニーはチトラールから2時間ちょっとなのに行ったこともなかったし、いろんな人たちに会ったので、これも一つの経験だろう。
20051003150832.jpg

写真:女性のユニオン議員(中二人)と県議員立候補者(両脇)
 
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