FC2ブログ

カラーシャの谷・晶子便り

パキスタン北西辺境州の谷に住むカラーシャ族と暮らすわだ晶子の現地報告。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

バニヤンの大樹の残骸とドキュメンタリー・フィルム

 10月20日、イスラマバードの用事が済んで、チトラール行きの飛行機に乗るためにペシャワ―ルに向かおうとしている日の早朝、焼け落ちたままになっていたE―7のバニヤン大樹の残骸が、ファジアの家の前にトラクターで運ばれてきた。この樹齢千年を越すとも思われる大樹は2003年に何者かによって火をつけられるまでは、仏教徒やヒンドゥー教徒の崇拝の対象となっていて、そばに立つ小さな祠に素焼きの燈明皿に火を灯して、祈りを捧げられていたという。その祠も今やめちゃめちゃに壊されてしまっている。
 写真下:ファジアの家の前に運ばれたバニヤン大樹の残骸
20061022124823.jpg

写真下:今年2月の状態 
20061022124924.jpg

 
 焼けたすぐ後は、枝は折れていたもののまだ主幹が立っていたので、その時点で手を打てば、もしかすると全壊は避けられたのかも知れない。実際に幹から若葉が生まれているのを私は今年の2月に見て、写真にも撮っている。しかし、朽ちる前にどうにか保存してくれるよう、中国人の仏教徒、あるいはファジアたち平和活動家による再三のリクエストに市の責任者は全く耳を貸さず、ずっと放ったらかしの状態だった。
どんどん朽ちていくばかりのバニヤンの残骸に心を痛めたファジアは、市の責任者に許可をもらって残骸を引き取ることにした。残骸の一部に仏陀の顔(あるいは目だけでもいいが)を刻んで保存したいというのだ。邪魔だから誰かが引き取るんだったらちょうどいいと思ったのか、意外とすぐに(1日で)許可が下りたという。朽ちてほとんどなくなりそうだと思っていたが、こうやって広いところに運んでみると、まだまだ存在感は漂っていて、このままオブジェとして置くだけでもいいと思ったりする。ただ虫食いが激しくて、中がふかふかのパルプ状態になっているので、腐っていくのを止めることができるかどうかが課題である。
ペシャワ―ルに出発する段になって、ファジアの妹のサマーから電話がある。彼女が今取り組んでいるドキュメンタリー・フィルム(宗教の側面からとらえた人権問題)に使うので、大樹があった現場の前で私にインタビューさせてほしいというのだ。仏教徒の私からコメントを取りたいらしい。私でよければと、サマーと一緒に現場に向かう。ところがいつも通っていた大樹のもとに続く道がどういうわけか見つからず、仕方なしに近くに建つ大きなマドラサ(イスラム教義を教える宗教学校)から入ることにする。女二人連れの我々を見てすぐに門番のじいさんがやってくる。うまい具合にじいさんはサマーと同じパシュトゥー人で、サマーがパシュトゥー語で話しかけると、最初の不信感は少し消えたもよう。大樹跡の場所まで距離はないものの、その間は今年の雨でさらに野生のジャングルになっており足場が悪い。ファジアのところに持っていったばかりだったので、少しの枝が残るばかりになっていたのは当然だが、ここに十数人の大人が手をつないでやっと輪になるほどの大樹が存在していたという手がかりはほとんど消滅してしまっている。
 後でサマーが話してくれたことは、一緒についてきた門番のじいさんが、さかんに私の行動を不思議がったということ(サマーが演出したものだけど)。「どうして、この日本人はわざわざ朽ちた木を見に来たのか。こんなもの何の価値もないのに。こんなものを大事に思うのは全く馬鹿げている。だからカフィ―ル(不信心者)なんだ。あんた(サマーに向かって)ムスリムならこの日本人にちゃんと教えてやれや。早くイスラム教に改宗しなとな。」このじいさんの登場は台本になかったものだったので、サマーからすれば棚ボタモノ。どういうふうなドキュメンタリーになるか、テレビ東京のドキュメンタリーだけでなく、こちらの方も楽しみだ。ちなみにテレビ東京の放映は、第1候補が11月4日(土)だということです。お見逃しなく!(ああ、恥ずかしい!)

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kalasha.blog4.fc2.com/tb.php/51-fe0abce5
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。